Sink

幸福

幸福

  • 富さに
  • R-18
  • A5
  • 60P

本編にIFストーリー、本編後日談(R-18)を収録した本になります。

人並みの幸福

IFストーリーはいわゆるバウムクーヘンエンドです。
富田江と審神者が結ばれず、審神者が別の男と結婚し子供を授かります。苦手な方は読み飛ばしていただくことをお勧めします。


「あのね、その……彼氏、出来たんだ。だからもう前みたいには富田と会えない。そのことを、今日は言いたくて」
 数か月ぶりに富田江と顔を合わせた審神者は、例の如く富田江が選んだ飲食店で、最初の料理がテーブルに届く前にそう伝えた。
 喜ばしい報告をしているにもかかわらずどこか複雑そうな表情の彼女に反し、富田江は「そう、おめでとう」とお手本のような祝福を贈る。それどころか「相手はどんな人?」と彼女の話を引き出そうとしてくるのだ。それがどうしてか苦しくて、審神者はテーブルの下で両手を握り合わせた。
 勘違いをしてはいけない。富田江との距離を履き違えてはいけない。彼はもう彼女の〝富田江〟ではないのだから。
 ただの一人の男で、彼には彼の人生がある。過去で縛り付けてはいけない。彼は優しい人だから、求めたら求めただけ応えてくれる。応えてしまう。
 ならば、最初に手を離すべきは自分なのだと思った。考えて考えて考えて——考え抜いた結果の答えだ。
 この選択が正しいのかはわからない。正しくなかったとしても、選んでしまった以上はもう取り返しがつかない。
 
 業務の多忙で残業が続く中、彼女は同期の営業職の男と親しくなった。富田江と過ごす時間がすっぽり無くなった分を埋めるように、仕事終わりの食事や残業中のコミュニケーションを経て、自然に距離が縮まっていった。
 ある日、定時退社時刻より三時間ほど経った頃、デスクワークで凝り固まった背中を伸ばしながら帰り支度をする彼女に、男はいつも通り声をかけた。普段彼と行くのは、遅くまでやっている定食屋か色気のないラーメン屋だ。腹を満たせて仕事の愚痴を言えればよかったから、それが一番都合が良かった。
 しかし、その日に限って連れていかれたのは小洒落たバーだ。「なんか雰囲気違うじゃん」と揶揄する彼女にまっすぐ真剣な顔で向き合って、彼は彼女に想いを告げた。連休の前日で、仕事の疲れを忘れようと彼女もそれなりに酒が入っていた。酒気でふわふわして、耳に届く音全てがどこか非現実的だった。
 へらへらする彼女を逃がすまいと、唐突に握られた手は燃えるように熱い。その時なぜか、審神者は富田江の冷たい手を思い出していた。
 そこからは——はっきりと覚えていない。ただ冷えた手の感触を忘れるために、彼を利用しようと覚悟を決めたのだ。
 気が付けば、知らない部屋で朝を迎えていた。一糸まとわぬ姿で、暖房をつけたまま眠ったせいか酷く喉が渇いている。狭いシングルベッドの中、隣でいびきをかく男を見て、何が起きたのか理解した。
 酒の席の戯言か一夜限りの関係かと思えば、真摯にも彼は改めて交際を申し出てきた。友人として、同僚としては申し分ない男だ。そういう対象として見たことはなかったけれど、人としては好きになれそうだと彼女は思った。そうして二人は、恋人同士となった。
 恋人との関係は順調そのものだった。些細な喧嘩が起きても、互いにきちんと話をして解決ができる。問題から逃げない生真面目さを、審神者は好ましいと思った。
 素直で、思ったことを隠せないひとだ。気は利かないけれど頼んだことはきっちりしてくれるし、だらしないところはあるが面倒見甲斐のある可愛らしさもある。
 富田江だった男とは、何もかもが違った。違っているから、それでよかった。

幸福な夜

※サンプル内にはありませんが若干審神者が濁点で喘ぎます

(前略)
 寝室に入ってすぐに富田江は審神者を抱きしめた。背の高い彼は身を屈めて、彼女に口付けを降らせる。ちゅ、ちゅという粘膜の触れ合う音が照明の付けられていない部屋に響いて、審神者は緊張から立っている場所すら見失いそうになる。
 腰に回る腕がより強く彼女を抱き寄せ、富田江と審神者の間は一分の隙もない。背中に腕を回すと彼の体格の良さを直に感じて、男性的な魅力に酔わされそうだと審神者は思った。
「舌を出してくれるかな」
 彼に促され、審神者はすごすごと唇から舌先を突き出した。富田江がそれに自身の舌を絡めて、ざらざらとした表面同士が重なり、擦れ合う。
 神経をそのまま撫でられるような鋭い感覚に身慄いした彼女は、富田江の衣服を強く掴んでそれをやり過ごす。不慣れな彼女を思いやり、富田江は逃げようとする舌を追うことはしなかった。
 長く深い口付けの後、富田江は彼女の舌先をちゅっと吸ってから唇を解放する。物欲しそうに蕩けた瞳で自信を見上げる彼女の頭を撫で、富田江は「ベッドへ行こうか」と囁いた。
 広いベッドの上、彼に背を預ける形で富田江の足の間に座らされた審神者の耳の後ろに、彼が口付ける。皮膚の薄いそこは柔らかい唇の感覚をつぶさに感じた。
 擽ったそうに身を捩る彼女の身体を追うようにして、富田江の唇はうなじから首筋を辿る。ひとつ刺激を与える度に強張る身体が初々しく、愛おしさから富田江はつい過ぎるほどに彼女に触れたくなる衝動に駆られた。
「緊張しているね」
「あ、当たり前でしょ……」
「恥ずかしい?」
 審神者がこくりと頷くと、富田江は彼女の鼓膜に吐息を吹き込むように笑った。喉を深く撫でるようにして漏れた熱を敏感な場所に注がれて、頭の内側が痺れるような快楽が走り、審神者はまた身を固くする。
「ゆっくりしようか。怖かったら、すぐに教えて」
「富田、こういうの慣れてる…?」
 審神者がちらりと背後を振り向くと、富田江ははちみつを溶かしたような甘美な目つきで彼女を見つめていた。
 自分自身のことを問われた時に見せるいつもの曖昧な笑みが、今は少し違って見える。普段は感情を窺わせないそれには、彼女を悦ばせることへの喜色が僅かに滲んでいた。
「どうだろうね。でも、君に恥をかかせるようなことはしないから」
「う、ずるい答え方する……」
 こちらを向いたのだから、と言わんばかりに再び口付けられる。唇に舌を割り入れられると、審神者は頭がその感覚に捉われて他のことが考えられなくなってしまった。
 いつの間にか富田江の手は服の上から彼女の身体を撫で回していた。脇腹、臍の上、肋骨を回って胸へと辿り着き、大きな手が柔らかな胸の形を変えさせる。驚いた審神者は反射的にその手から逃れようとする動きを見せたが、背後に富田江の胸板があるためそれは叶わなかった。
「これは嫌?」
「い……や、じゃない。恥ずかしいけど、……大丈夫」
「じゃあ、直接触ってもいいかな」
 直接、その言葉に審神者がたじろいだ。彼女は恐々と彼の腕を掴むと、自分で服の裾から彼の手を迎えさせる。言葉での返事を恥じらうあまりさらに大胆な行動に出ている彼女がいじらしく、富田江は気付かれないように小さく笑った。
「脱ぐのは、ちょっと恥ずかしくて……」
「わかったよ。君の心の準備が出来たら、私に見せて欲しい」
 審神者が頷くと、富田江は器用に下着のホックを外してワイヤーの下から手を忍ばせ、彼女の柔らかな胸に直接触れた。彼の大きな手は容易にその膨らみを包み込んで、やわやわと確かめるように指先をその弾力に沈める。
 緊張ともどかしさに身を強張らせていた彼女は、先端に指が掠めるとびくっと肩を跳ねさせた。富田江は人差し指の腹でゆっくり、ゆっくりと乳首の先を撫でる。強く触られているわけでもないのに、柔らかなタッチが却って彼女の感覚を鋭くさせた。
「ここ、好き?」
「っ……、っ」
 好きとも嫌いとも答えられず、彼女は身じろぎする。太腿の内側に力が入って、膝を擦り合わせていた。富田江はそんな彼女の様子から嫌がってはいないだろうと判断して、もう片方の手も服の中に差し入れ、反対の胸も同じように愛撫した。
「っ……あ、ッ……!」
「うん、気持ちいいね」
 すりすりと指先で先端を愛撫し、動きに緩急を付けると彼女は身体を丸めて俯いた。富田江が時々皮膚に引っかかったふりをして爪で弾いてやると、審神者は喉に声を留めたような息を漏らす。立ち上がって硬くなったそこが、触ってくれと言わんばかりに主張した。
 単調ながら炙るような刺激で熱を与えられ、彼女の下腹部が疼き始める。普段は全く気にも留めない、まだ触れてもいない彼女の女の部分に意識が集まった。
「……ふ、っ……ん、はっ、あ、これ、……っ」
「腰が動いているね、物足りないかな」
「ッ……い、いじわる、言わな……っ、いでっ! わかってるなら、……」
「ごめんね、君の反応が可愛いものだから、つい。……じゃあここも、触ってあげようか」


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