寂しいと誰が泣く

「敵軍勢の殲滅を確認。我が軍の勝利だ」  稲葉江は周辺の敵を始末し終えた事を確認し、刀を鞘に収めた。すぐ側に町人の気配のある路地裏だ。異形の敵は、人知れずさらさらと塵となり風に消えてゆく。 「任務完了だね。篭手切と合流しよう」  部隊長である富田江の言葉に稲葉江が頷く。彼らが別行動を取っていた篭手切江と約束した場所へ向かうと、篭手切江は既にそこにいた。どうやら、そちらも予定より早く事を終えられたようだ。稲葉江と富田江の姿を見つけた篭手切江は、ぱっと人の良さそうな表情を浮かべた。 「富田せんぱい、稲葉せんぱい。こちらは滞りなく完了しました」 「ありがとう。随分と手際良く済んだんだね」 「富田せんぱいの策あってこそ、です」  三振りは状況確認と情報共有を終え、任務を完遂した事の知らせをの待つ本丸へと送った。  今回の遠征任務は富田江に遠征部隊の隊長を経験させるためのもので、編成もそれに伴って気心の知れた稲葉江と篭手切江が編成されている。遠征部隊を率いるのは初めての富田江であったが、お互いをよく知っているだけあって指示は的確で、予定よりも早く方が付いた。  稲葉江は、片割れの顔を盗み見た。の命に期待以上の結果で応えられたからか、彼の表情は明るい。と言っても、それは富田江をよく知る稲葉江だったから気付けたことだ。柔和な笑みは堅牢な塀のように、その奥の感情を察させない。 「少し早いけれど帰ろうか」 「あっ、少しだけ寄り道をしてもいいですか? 桑名さんから頼まれているものがあって……」 「勿論。稲葉も構わないね」 「異論は無い」 「では行こうか」  三振りは桑名江のお使いを果たす為、町へと向かった。  篭手切江は懐から紙を取り出し、お使いの内容を確認する。どうやら、この土地の名産品である野菜が旬を迎えているらしい。律儀にも、紙には美味しい野菜の選び方まで細かく記されている。 「いくつか店を回ろうと思うので少し時間がかかってしまうんですが……」 「気にする必要はないよ。それなら、私もあの子への土産でも見てこようかな」 「それはいいですね。では私の分もお願い致します。稲葉せんぱいは……」  稲葉江は篭手切江を見つめた後に富田江へと視線をやった。二人とも、好きな方について行けばいい、と表情で語っている。稲葉江は数秒考えた後「我は富田と共に向かう。際限なく土産を買われてはかなわん」と言った。 「お前も選びたいならそう言えばいいのに」 「曲解は止せ」 「ははっ。では四半刻後にここで待ち合わせで構わないかな」 「はい。それでは失礼します」  篭手切江と別れた富田江と稲葉江は、賑やかな商店の並ぶ大通りへと向かった。  審神者への贈り物は、基本的に消え物を推奨されている。皆が皆こぞって贈りたがるので、彼女の私物が部屋から溢れてしまうからだ。加えて彼らも付喪神、形に残る物には思うところがあるのだろう。自分たちより贈り物を大事にされるのは気に食わない、なんて対抗意識も滲んでいた。  そんなわけで、遠征任務の土産は食べ物であることが多い。が「ひとりでは食べきれないから」と贈り主をお茶に誘ってくれることもあるため、彼女によく懐いた刀はそんな打算を込めて、ふたり分以上の菓子を贈った。  稲葉江と富田江はいくつか店を回って、最終的に土産は無難な銘菓に決まった。  試食した稲葉江は舌の上に広がる甘さについ眉を顰めたが、甘味好きの彼女の口には合うだろう。富田江も同じことを思ったようで「あの子が好きそうだ」と感想を述べる。  包んでもらった菓子を手に篭手切江と別れた場所へと戻ると、彼は腕いっぱいに野菜を抱えていた。あれもこれもと買い込むうち、店主に気に入られ「これも持っていきな」と想定以上におまけしてもらったようだ。  巡り巡って兵糧となるものである。小柄な篭手切江ひとりに持たせるのは忍びないと、半分を稲葉江が持つことになった。 「それでは戻ろうか。あの子が寂しがっているだろうから、早く帰らなくてはね」  稲葉江はつい、「どの口が言っているのだ」と口を滑らせそうになった。  本丸にその身を置いて一年にも満たないが、富田江は傍から見ても明らかなほどの好意を主である彼女に抱いていた。  大前提として、付喪神として持ち主である彼女を慕うのは当然だ。稲葉江とて、それは例外ではない。けれど、富田江のそれは主従の枠を逸していると思えてならなかった。  少なくとも、この本丸で富田江と肩を並べて戦うことになった稲葉江は、彼のこのような腑抜けた顔を見ることになるとは想像もしていなかった。  天下の夢を叶える為に戦う稲葉江とは対照的に、富田江は人の言葉に耳を傾け、その望みに応えることでその魂の形を確固としている。審神者である彼女に寄り添うことには疑問はないが、それにしたって視線が甘ったるい。先ほど稲葉江の舌を撫でた餡子など比ではないほどに。  しかも、どうやら無自覚であるようだから、尚更[[rb:質 > たち]]が悪かった。富田江は他人の機微には人一倍鋭いが、その分自身への関心が非常に薄い。そしてそれを、些事であると気に留めもしないのだ。   その結果、稲葉江をはじめとした、彼の好意に気づいている者だけが居た堪れないようなもどかしいような、苦しい思いをしていた。  彼女の本丸には百を超える刀剣男士が顕現している。それはつまり、それだけの男が彼女を取り囲んでいるということだ。  幼い時分にその任に就いた彼女へ向けられる刀剣たちの視線は、主君を慕うものでありながらも父性めいていたが、いつ富田江と同じく恋慕を抱く者が現れるともしれない。むしろ、もう既に想いを秘めた者がいたっておかしくはない。  加えて、想いを自覚したとて、その先は茨の道だ。自ら選んだはじまりの一振りである加州清光は、人一倍彼女への執着と独占欲が強い。  本丸随一の実力を誇りながら、「俺より強いヤツじゃないと主との結婚は許さない」とまで言っている。つまりは、どこにも嫁にやる気はないのだろう。  実力で加州清光をねじ伏せ認めさせたとしても、今度はが最初にその手で顕現させた乱藤四郎が立ちはだかる。  懐刀と呼んで相応しく、愛くるしい容姿の彼はによく可愛がられており、しかしながらその刃は鋭い。の護衛として現代へ赴いた際、彼女に不埒な言葉をかけた男の睾丸を蹴り潰し、再起不能にしたなんて噂まで流れていた。  江の双璧の片割れとして、彼が自身の望むものに気付かぬままみすみす逃す姿を見るのは、稲葉江としてもむかっ腹が立つ。だからといって稲葉江に何かしてやれることはなく、ただ彼はふたりを見守るばかりであった。  ——頼まれてもいないのに彼女好みの菓子を買い求めて土産として持ち帰るのが、愛ではなくなんだというのか。  ——「あの子が寂しがる」と言いながら、真に寂しがっているのは貴様ではないのか。  ——それに気付いていなかったとして、寂しがる様を見たくないと思う感情の根底にあるものを見定めたことはないのか。  稲葉江はそういう思いを一切口にも顔にも出さず、いつも通りの仏頂面を貫いた。彼は、趣を解する男だ。色恋沙汰への手出し口出しが野暮だということを、よく理解していた。

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