彼になぜあの話をしてしまったのか、自分のことながら今となっては思い出せません。 けれどきっと、当時の私はこの重荷を誰かに預けたかったのでしょう。逃げて、逃げて、逃げて、こんなところまで来てしまった愚かな私です。どれだけ罪から逃れようと、誰かに話そうと、許されるはずはないのに。 取り返しのつかないことをしてしまったと気付いた時、私はひどく冷静でした。後始末をどうするか、明日からどう生きていくか。不思議なくらい頭が回って、全てを難なくこなせる気がしていました。 一線を超えたことによって分泌されたアドレナリンが私に全能感を与えてくれたのでしょう。そうでなければ、今頃罪の意識から身を投げていたかもしれません。 誰にもばれない場所へと証拠を葬り去って、手段を問わず現世から離れようとして、選んだ先がこの本丸でした。 時の政府は協力しさえすれば多少の倫理を外れても黙認してくれました。それは私にとって都合がいいばかりではなく、彼らにとっても私を縛るひとつの枷になると考えたのでしょう。 それは一時しのぎでしかなく、贖罪とも救済とも程遠い選択でしたが、過ぎたことを悔いても仕方がありません。そういう経緯で、私は審神者となったのでした。 本丸はとても居心地のいい場所でした。刀剣男士たちは皆優しく、私の罪を知ってか知らずか、非常に親切に接してくれました。物としての主人であるばかりでなく、私がいかにもか弱い女に見えたのも理由のひとつでしょう。 時間遡行軍との戦いは楽なことばかりではありませんでしたが、それでも私にとっては現世よりずっと素晴らしい場所でした。 刀剣男士が傷を負っているのを見ると胸が痛みましたが、彼らが返り血を浴びて帰ってくると、ひどく胸がすく思いがしました。彼らが敵を殲滅する度に、私が犯した過ちなどたいしたことではないと、そんな風に錯覚したからかもしれません。 歴史の影の人死にを見て精神を病む審神者もいたそうですが、私にはそれがなかったため、次々と武功を打ち立てていきました。 富田江という刀剣男士が顕現したのは、私が審神者になって数年目の春でした。 綺麗な方だ、と思ったのをよく覚えています。刀剣男士というのは付喪神ですから、皆それぞれ美しかったのですが、彼の美しさはまた別種のものに見えました。 彼が王子様、と名乗るのを聞いて「ああ、なるほど」と思ったのです。彼の美しさは、幼い頃に憧れたティアラの輝きによく似ていました。 富田江は茶道が好きなようで、度々茶室で茶会を開いていました。既にこの本丸にも数振り、茶を好む者がいましたから、彼もよくその輪に混ざって楽しそうにしていたように思います。 私も誘われることがありましたが、如何せん碌に作法も知らないものでしたので、毎度申し訳なく思いながら断っていました。 しかし、その日は富田江がほかに茶を嗜む仲間がおらずひとりぽつんと寂しそうにしており、その姿を見ていられず、彼が「私が手ほどきしよう」と言ってくださったものですから、一から百まで教えてもらいながら座布団の上に座ったわけです。 人の言葉に耳を傾け、呼吸を合わせることを得意としている彼との時間は、私に安らぎを与えました。審神者になってから——否、あの日から、これほどまでに気が休まったことはあったでしょうか。 それほど深く互いを知る仲でもなかったはずなのに、富田江はするりと私の懐に入り込んできました。それが不思議と不快ではなく、私はどんどん楽しくなってしまって、現世に置いてきた親友にしか話したことのないような個人的なことまでもを、ぺらぺらと話してしまいました。この[[rb:刀 > ひと]]はすべてを受け入れてくれると、そんな気がしたのです。 口を滑らせ全てを話し終えてから、私は生きた心地がしませんでした。 彼は私の罪を、否定も肯定もせずただ聞きました。説教をして私を咎めたり、必要以上に事の経緯を聞き出そうとしたり、当時の心理状態に寄り添おうともしませんでした。ただ、私が罪を背負っていることだけを受け入れたのです。 彼は特に主人のためによく働く性分のようでしたから、私の罪をよそへ明かすことはないでしょう。私が黙ってくれと言えば、何をされようと口を割らないはずです。けれどその日から、彼が恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくてたまらず——目を離すことが出来なくなりました。 私の罪がどこかから漏れ、愚かにもこんな幽世へ逃げ込んだ腰抜けであることが露呈してしまうのではないか。この穏やかな箱庭を失うのではないかと怯えていました。 心が安らぐのは、富田江のそばにいるときだけでした。彼から目を離さなければ、私の罪が暴かれる心配はないとさえ思い込んでいました。 いいえ、これは過去の話ではないのです。今もまだ、私は怯えています。富田江から離れた瞬間に、私の世界は終焉を迎えるのです。 あの日以来、彼が私の罪について言及したことはありません。彼はその日の記憶を忘れ去ったかのようにいつも通りで、美しく、穏やかで、優雅で、眩しくて、星のようでした。彼の輝きで目がくらんでいる内だけは、この箱庭は誰にも壊されない、完璧なものであると、そう信じていたいのです。