夜は忍んで
五月雨江・村雲江・審神者の三人で付き合ってる世界線で五月雨江が雲さにの閨事を盗み見る話です。
寝支度を終え床に就いた者、夜はこれからと言わんばかりに天高く昇った月夜を見上げ杯を傾ける者、夜の静寂に身を預け読書に勤しむ者——本丸では百を超える刀剣たちが、思い思いの夜を過ごしている。
これだけの魂が息づいていながらも、その夜はとりわけ静かであった。煌々と輝く月だけがひと際眩しい。身を潜めるには適さぬ夜だ。
この本丸では一部を除き、ほとんどの刀剣男士が私室を二振りで共有している。ルームメイトはそれぞれ所縁があり親しいものが選出されているため、苦情が上がったことはなく、それぞれうまくやっているらしい。
五月雨江と部屋を共にするのは村雲江で、それこそ誰かに頼まれずとも一緒に日々を過ごす親密な間柄だ。どこの部屋の二人組よりも、良好な関係を築いているとお互いが胸を張って言える。
けれどその夜、五月雨江の隣に村雲江の姿はなかった。
平素であれば寝具を並べて眠りに落ちるまで会話を楽しんでいる時間である。今宵、村雲江は審神者の部屋を訪ねているのだ。
この本丸の審神者は妙齢の可憐な女性だ。およそ刀を振るうに相応しくない細腕の、華奢な娘である。男の身を持つ村雲江が態々赴くとすれば理由は一つで、それを五月雨江は心得ていた。
だからこそ彼はひっそりと静まり返った部屋で、たった一振り時を待った。
寝衣の浴衣ではなく、隠密行動に適した黒衣を身に纏っている。彼は機が訪れたと見ると布団が収まっていた押し入れを開き、その天板を外す。すると容易く、深淵にも等しい闇色の口を開いた。
穴を抜け、その先の一面の暗黒を五月雨江は迷いなく這う。墨を流したように一面黒一色で、頼りとなる灯りは一つたりとも存在しなかったが、五月雨江の瞳には昼と変わらぬ景色が映っていた。
たとえ視界に難がなくとも天井裏は一様に同じ景色が延々と続く。ともすれば方向感覚と距離を見失いかねない場所で、五月雨江は僅かに耳に届く鼾や人の会話を聞き分け、脳内の地図に照らし合わせ目的地を目指した。
ふと、天板にべったりと着けた掌の感覚に覚えを持った五月雨江は動きを止めた。
彼でなければ気付けないほどの僅かな窪みがそこにある。そこに爪をかけると、容易く天板は剥がれた。それこそが、五月雨江が幾度もここを開いたという証だ。
五月雨江が音もなく降り立った先は、やはり押し入れである。身を縮こまらせ、側板に顔を張り付けると、柱と襖の間に髪一本ほどの細い隙間があった。
五月雨江は神経を研ぎ澄まし、その先の景色に目を凝らす。その先は審神者の寝室であり、今まさに村雲江と審神者が睦み合っている最中であった。
耳を澄ませると、薄っすらと粘膜の触れ合う水音が五月雨江の鼓膜へと届く。より集中すれば、彼らの荒い息さえも捉えることが出来た。
「はッ……っ、あるじ、もっと……もっと欲しい、」
「あっ、村雲……」
ふたりは布団の上で抱き合い、舌を絡め合っていた。
村雲江の膝の上に審神者が乗り上げている姿勢だったが、湧き上がる欲情に耐え兼ねた村雲江が審神者を押し倒す。性急に事が進むあまり審神者の手が村雲江の胸を押すと、彼はその細腕を掴むと布団に押し付け、指を絡めて抵抗を抑えた。
今の村雲江の耳には五月雨江と揃いの犬の耳飾りはなかったが、それでもその姿は一心不乱に餌を食らう犬のようだ。日中、腹が痛いと癒しを求め、五月雨江に寄り添おうとしてくる姿からは想像もつかない。そしてそんな村雲江に組み敷かれる審神者もまた、五月雨江の前では見せぬ顔をしていた。
五月雨江と村雲江は審神者の情夫だ。この関係に至るまでは、語るに長い経緯がある。今ここで詳らかにはしないものの、それらは殆どが、何としても彼女を自身のものにしたいという野望を抱いた五月雨江の画策によるものだった。
五月雨江は刀剣男士の中では穏やかな気質であると自負している。けれど、犬の系譜を持って顕現したからだろうか。こと主人に関しては、狭量で嫉妬深い性分であった。
であるので、相手が村雲江でなければこうも奇妙で複雑な関係には至っていなかった。もし村雲江以外が審神者に想いを寄せていると知った日には、どんな手を使ってでも出し抜いたはずである。
彼らが審神者に求めたのは『二振りを同じように愛すること』この一点のみだ。
審神者の時代の常識に照らし合わせれば、一妻多夫は異常で、当然彼女は強い抵抗を持った。けれど五月雨江の誘惑に溺れ村雲江の情に絆された今では、この関係を受け入れている。それどころか、楽しんでいる素振りさえ見えた。
閨での五月雨江は、審神者を快楽に追い詰めることを好んだ。
五月雨江の激しい性戯に審神者は泣いて許しを乞うたが、最後まで責め抜いてやれば腰を震わせ絶頂し、潮を吹く。堕ち切った彼女の焦点の合わない瞳を見るたび、五月雨江は言葉にし難い高揚感を覚えた。
審神者はひどい、こわいと言って五月雨江の前でしくしく泣いたが、五月雨江がしおらしい声色で「私のことはお嫌いですか」と訊ねれば首を横に振る。その後にたっぷり蕩けるように優しく抱いてやれば、審神者の体はどこもかしこも五月雨江を求めるようになった。
そんな手酷い抱き方ばかりしているからか、審神者は今村雲江に見せているような顔を、五月雨江の前ではしない。我慢の効かない無邪気な犬らしい村雲江の素ぶりを、審神者は愛おしく思っているようだ。激しくがっつかれても、どこかそれを甘えと捉えているらしい。
五月雨江に見下ろされ、全身力が入らないほどに繰り返し絶頂させられ後のあの恨めしそうな、けれど諦めてしまったような表情とは似ても似つかない。
あのように彼女に甘やかされたいという願望が、五月雨江にもないわけではない。けれど、この景色を目の当たりにして抱くのは邪悪な嫉妬心ではなく、歪な興奮であった。
村雲江の上に審神者が覆いかぶさって、彼らはお互いの性器を口で愛撫している。襖の隙間からその様子を凝視しながら、五月雨江は細心の注意を払い音を立てぬよう、窮屈な下履きの前を寛げた。
ゆるく勃起したそれは、竿を握って上下すればすぐに硬度を増す。五月雨江は二人の房事をひっそりと眺めながら自慰に興じた。
ふたりは五月雨江の不埒な視線に気付く様子はまるでなく、夢中になって互いに欲を貪り合っている。彼らの交わりは、互いの存在を確かめ合っているようであった。
審神者が息を詰めて亀頭から唇を離すと、村雲江は彼女の好い場所を心得たように同じ場所を執拗に愛撫する。村雲江の竿を咥え込もうとするも激しい快楽にそれがままならず、彼女は力なく果てた。
ぐったりとしながらも自分だけではと村雲江のいきり立った剛直を握り、ぬちぬちと先走りと唾液で濡れたそれを扱く。力ない動きが本能的な欲求に突き動かされているように見えて、より卑猥だ。けれど村雲江は審神者を自らの上から退かせた。
「いいよ……それより俺、もう入れたい。いい……?」
上体を起こしながら村雲江が上目遣いで問えば、審神者はすごすごと頷いた。村雲江は胡座をかくとその上に彼女を座らせる。審神者は村雲江の肩に手を置いて膝立ちになると、少しずつ腰を落とした。
村雲江は五月雨江の潜む押入れに背を向けており、刀身が鞘に収まる姿は村雲江の体に阻まれて五月雨江の視界には映らない。けれど、村雲江に縋り付くように彼を抱きしめる審神者の表情はよく見えた。
「きっつ……っ、……いたく、ない?」
「だいじょ……ぶ、んっ、そこッ……」
村雲江の腕が小刻みに動いたことから、陰核に触れでもしたのだろうか。審神者は一際大きく喘ぎ、首に回した腕に力を込めた。
「はッ……せま、っ……あるじ」
「あっ、……っ、」
村雲江と審神者の交合はひどく静かだった。お互いがお互いを感じ合うことに集中し、漏れるのは僅かな吐息ばかりだ。次第にゆるゆると腰を動かし始めたことによって、それに水音が混ざる。じれったい動きが感度を高めるようで、さして激しい交わりでもないのに、五月雨江から見える審神者の顔はどんどんだらしのないものへとなっていった。
「村雲、動いて……っ」
「え……やだ、早く終わっちゃったら、っもったいないし……」
「っっ……!」
ややあって、痺れを切らした審神者は自ら腰を振り始めた。激しい水音と共に、肌がぶつかり合う音が鳴る。息も荒くなり、審神者は夢中になって村雲江の首に縋り付き、快楽を貪っていた。
「あ゛っ、んっ、う、んぅっ、むらくも、っ」
「ッ……、主、俺の、きもちいの……?」
「っ、ん、きもちい、村雲の、もっとして……!」
「……、っく、そんなの、……価値が下がるって、っ言ってるのに……!」
「あああぁっ、ッ……、あっ、あ、むらく……ッ!?」
村雲江に求めたものを与えられ、審神者はより大きく喘いだ。そんな最中、彼女がひゅっと息を飲む。押入れの奥、紫水晶の瞳と視線がかち合った気がしたのだ。
五月雨江は意識的に彼女に気配を気取らせた。村雲江ばかり欲しがる様を見て悋気したわけではない、とは言わない。けれどそれ以上に、別の男に揺さぶられている彼女が、自分に気付いたときにどんな顔をするのかを知りたくなった。村雲江には僅かに罪悪感を抱いたが、彼とて話せば一緒に楽しんでくれるはずだ、と五月雨江は思った。互いが互いを、共に時を過ごす相手として最適だと思っているから。さすがに閨まで共にしたことはなかったが、そんな時も近いかもしれない。五月雨江はそんなことを予感する。
「なん……っ、きゃんっ!」
「主、よそ見……? っ、だめ、今は俺に集中して……っ」
「あっ、ごめんなさ、ッ、むらくもっ……!」
湿度と熱量が高まるふたりの夜を凝視しながら、五月雨江は自身を扱き手中に吐精する。静かに脱力し壁に体を預けたが、視線の先のふたりはまだ高ぶりを抑えきれないようだ。押入れの中の痕跡を消すと、五月雨江は行きと同じルートを辿って何事もなかったかのように私室へと戻った。
村雲江は今宵この部屋へ帰ってこないだろう。明日は、五月雨江が審神者の部屋を訪ねることになっている。その時、彼女はどんな顔をするだろうか。五月雨江の存在を、夢か何かだと思い込んでなかったことにするのだろうか。それとも、覗いていたことを詰るだろうか。脳裏に想像を浮かべるだけで、五月雨江は楽しくなってしまって、しばらく寝付けそうになかった。
——夜はまだ、長い。
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