五月雨江の季語のしらせは、十中八九デートの誘いである。 「頭、公園の紅葉が見頃を迎えているそうですよ」 仕事の合間、一息ついていたの元を、五月雨江はいそいそと訪ねた。平素と変わらぬ涼しげな面持ちで、閉ざされた薄い唇は審神者の言葉をお利口に待っている。審神者はいつしかそんな表情に、僅かな期待を透かし見るようになっていた。 「いいね、一緒に見にいく?」 「はい、是非」 「うん。じゃあ次の休みに」 その証拠に審神者がこうして答えると、途端に五月雨江は、千切れんばかりに尻尾を振る犬のように喜色を滲ませ、歓喜に花びらを舞わせる。その言葉を待っていました、とでも言いたげなリアクションだ。 変化の小さな表情から忍ばせた感情を読み取れるようになったのも、こいびととして過ごした一年の時の成せる技だろうか。彼のことだから、それすら意図したものかもしれない、とは思案する。卑怯を躊躇わない彼の手数は、未だ底が知れない。 が、この際それは些事だ。重要なのは、かわいいこいびとが健気にも理由をつけてデートに誘ってくるいじらしさである。 五月雨江は畑仕事の休憩中に抜け出してきたらしい。デートの約束を取り付けると、相方が不安げに彼を探す声を耳にし、急いで部屋を出て行った。は執務机の卓上カレンダーに傘のマークを書き記してから、仕事へと戻った。 約束通り、次の休日にふたりは公園を訪れた。 五月雨江の言葉通り、紅葉は一枚残らず赤く染まって、思わず息を飲むほどの絶景だ。天気も過ごしやすい秋晴れで、手を繋いで散歩をしているだけで日々の緊張から解放された心地になる。互いに明日をも知れぬ身分だが、束の間の平穏を噛み締めて、は目を細めた。 「初めて頭とふたりきりで出かけたのもここでしたね」 「ああ、そうだっけ。もう一年経つんだもんなぁ」 一年前、五月雨江と共にこの公園へやってきた時のことを思い出す。今にして思えば、あれも一種の騙し討ちだった。 有事に備え、この本丸ではの外出時、二振りを護衛として帯同することになっていた。——といってもこれは建前で、まだ本丸が発足したばかりの頃、始まりの一振りと初めて鍛刀した懐刀、どちらか一振りを選んで連れて行くのが忍びなく、「何があるかわからないから、出かける時は二人連れて行くことにする」と言い出したのがきっかけである。本丸全体の規模も大きくなり、刀剣男士らも手練揃いとなった今では、形骸化した決まりごとだ。 ふたりで出掛けたいと誘ってくれさえすれば、審神者も応じるつもりであった。しかし五月雨江は丁寧にも策を練り、村雲江の手を借りて、二人きりの外出の機会をもぎ取った。 「雲さんが緊急の腹痛で」とかなんとか言って二人きりで出かけるように仕向け、「見舞いに季語を持ち帰りたいのですが」とこの小径に誘い込んで。甘えたくなった時に素直にころんと腹を見せ、犬よろしく甘えてくる今の五月雨江からは、まるで想像もつかない策の重ねぶりである。 「あの頃は、頭とふたりでこうして季語を愛でる機会を得られただけで感無量でした」 「そんなに?」 「はい。正直なところ、緊張のあまり私が何を話したか、まったく覚えていないのです」 「緊張って……」 命懸けの戦場でも、彼は滅多に焦燥を見せない。初めての出陣や、隊長として部隊を率いることになった時も、彼は常に冷静だった。そんな五月雨江の口から『緊張』なんて言葉が飛び出してきて、は心底意外に思った。 「全然知らなかったな。五月雨江にそんな時期があったなんて」 「そうでしょうか。今も私は、頭のお傍にいるだけで緊張していますよ」 「うそだあ」 「……確かめますか?」 「うん?」 くすくす笑っていたは、繋いでいた手を不意に強く引き寄せられ、目を丸くした。色付いた紅葉に縁取られていた視界は、あっという間に彼の胸元で一杯になる。空いた手で頭を撫でるように抱き寄せられ、の耳はぴったりと五月雨江の胸筋に付けられた。 「いかがですか」 「いかがですかと言われても、普段がわかんないから」 五月雨江の鼓動は確かにの元に響いたが、医療従事者でもない彼女が正常な脈拍の速さなど知るはずもない。速いと言われれば速い気もするけど、という曖昧な感想を抱いた彼女は、冗談めかしてそう答えた。 自分の鼓動を聴かせようだなんて行動の突拍子のなさは、五月雨江をよく知るにとっては珍しくもないことだ。だが、他所から見れば、美しい景観や人目を憚らず、度を超えた親密さを見せびらかす痛々しいカップルにしか見えないだろう。はそれとなく胸を押し、五月雨江と距離を取る。彼の顔を見上げると、思いがけぬところにある赤色が目についた。 「五月雨、ちょっと屈んで」 「はい、何でしょう」 五月雨江は言われるがまま、背を丸くして身を屈めた。審神者は手を伸ばし、彼の肩に乗った赤い紅葉を指で掴む。五月雨江からは死角になる位置のため、気が付かなかったのだろう。いつの間にか、落ち葉がこんなところに忍んでいたようだ。 「肩についてた」 「……気付きませんでした」 橙から深い赤へと色を移す紅葉を五月雨江に見せると、五月雨江は信じ難いものを目にしたかのように、それを凝視していた。 刀剣男士として、忍びとして、葉一枚にすら気付かなかったことを落ち度と捉えているらしい。審神者にとっては取るに足らない可愛げだが、歴史と審神者を守る命をその身に受けた刀剣男士にとっては死活問題なのだろう。深刻な面持ちを解すべく、審神者は五月雨江に紅葉を握らせた。 「本当に緊張してるんだ」 「自覚はありましたが、……これほどとは。精進いたします」 「ふふっ、頼んだよ」 繋ぎ直した手は僅かに汗ばんでいて、は思わず笑みを零す。愛らしさすら扱い熟す五月雨江の珍しい一面は、美しい景色以上にの心を満たしたのだった。