Sink

頭のお乳の謎を追う五月雨

書きたいとこだけ

 五月雨江の手で審神者はよく乱れた。
 肌に触れれば過敏に反応し、囁くだけで赤面する。感度の高い場所を嬲れば淫らな声を上げ、時間をかけて快楽を教え込んだ甲斐あって素直に五月雨江を求めた。
 犬と宣う彼の下で、審神者は物の言えない獣のように喘ぎだけを漏らし、媚びるように鞘で刀身を締め付ける。平素慎ましやかな姿からは想像もつかないほどにかけ離れたいやらしい姿を目にするたび、五月雨江はこの手で乱しているという達成感に興奮を覚えた。
 ありとあらゆる部位で、五月雨江に与えられるものだけで絶頂に上りつめられるよう、彼は教育を施し、審神者は知らず知らずのうちに、五月雨江以外の男では到底満足できないような深みにはまって抜け出せなくなっていた。そして幸い——というべきかは人次第だが、審神者は心底五月雨江に惚れ込んだ上に深層心理には薄っすらとした被虐趣味が眠っていたらしく、五月雨江に体を拓かれ快楽を教え込まれることを、悪くないと思っていた。
 しかしそんな五月雨江にも、未だ許されぬ領域があった。
 審神者は、胸を見せることを頑なに拒否し続けた。下半身はどれだけ辱めようが受け入れるというのに、こと上衣だけはどれだけ五月雨江が声に艶を乗せて懇願しようと、決して許しはしなかった。
 言うまでもないことだが、五月雨江は女人の乳房が好きである。これは単に五月雨江個人がどうとかではなく、男の身を与えられた者の本能であり、個人によって程度はあるだろうが、此方の五月雨江は他と比べて多少関心の強い方だった。
 といっても、審神者というどんな手段をもってしてでも守るべき存在であり、一生にたったひとりと定めた番の雌がある彼は、他の女人に誑かされるような節操無しではない。だからこそ——見たかった。審神者が秘した柔らかい丘を。
 そのために手段を凝らしたものの、審神者の返事は依然として否のまま。〝ダメって言うけどイイやつ〟以外の拒否を無理強いする趣味はなく、胸に関しては審神者自身心から拒んでいるようだったので、五月雨江は迫り切ることができなかった。
 関係を明かしている本丸の面々にも茶化されるような、心から通じ合った満ち足りた関係性である。彼女から感じる愛は心からのものであり、五月雨江から向ける気持ちは言うまでもなく。ただ唯一、それだけが五月雨江の蟠りであった。
 事情が事情なので、他人への相談はできなかった。季語を愛し、それを他者に伝える術の美しさに心打たれて句を読むことを趣味とする五月雨江だが、審神者という季語だけは、どうしても自分の胸のうちに秘めておきたい。閨事のことならば、尚更だ。審神者の身体にまつわることを他人が口にしているのを見た日には、その喉元を八つ裂きにしてしまうことだろう。だから五月雨江は、ひとりきりで悩むしかなかった。

(中略)

「さ、五月雨? あの、上はちょっと」
「はい、勿論このままで。ですが今日は少しだけ、いつもと違った趣向を試してみたいのです」
 五月雨江は審神者を背後から抱きすくめる姿勢で自分の足の間に座らせると、寝衣のTシャツの裾から手を忍び込ませた。これまでの経験上、腹を撫でられることには躊躇いがないらしい。審神者は五月雨江に腹を撫でられただけで、吐息混じりに声を漏らした。審神者の様子を見ながら、五月雨江は慎重に手を進めた。
 これまで、胸元は下着を見ることまでは許された。審神者の時代で広く着用されるブラジャーという胸当てが、最後の砦である。彼自身を思わせる薄紫に花のレースをあしらった、いかにも五月雨江を意識しましたという意匠デザインのものを身につけているにもかかわらず、その下が許されないというのだから甚だ疑問である。
 腹を撫でながら囁き、時に内腿を撫で、耳元で囁けば審神者は容易く従順になった。Tシャツを胸の上まで捲り上げれば、下着に寄せ集められた肉が谷を作っている。言うまでもなく、卑猥だった。
 その間に汗が流れ込んでいく様に、五月雨江は唾を飲み込む。肌がきらきらと光って、丸みは柔らかそうだった。
「頭」
「あっ、さみ、……」
「はい。この下は、まだ。ですが……これは、どうでしょう」
「っ」
 五月雨江の指が、下着の上から掬い上げるように撫で上げた。彼の見立ては概ね当たっていたようで、審神者はぴくっと肩を跳ねさせる。
 表面を優しく削ぐような手つきで指を上下させた後、くるくると爪先を引っ掛けるような力加減で愛撫する。次第に審神者は声が抑えられなくなって、内腿をぴたりとくっつけ合いながら、小さな喘ぎを漏らした。
「こちらは、あまり可愛がったことがありませんでしたね」
「っ、う……っ♡ ん、っ、んぅっ♡」
「気持ちよくありませんか? ここは、お嫌いですか」
「……んっ、あ、あ♡ ……きもちい、きもちいです……っ♡」
「ふふ、素直で可愛らしいです。……もっと、気持ちよくなりたくはありませんか?」
 審神者は五月雨江の腕を掴んで、快楽を堪えようと爪を立てていた。五月雨江の囁きによってぎゅっと力が入り、彼の皮膚に爪痕が残る。審神者はうなじを紅潮させ、頭を横に振った。
「や、やだっ……」
「どうしてですか? 気持ちいいの、好きでしょう」
「すき、すきだけどっ、……」
 五月雨江の教育の甲斐あって、審神者は褥の中でだけ、気持ち良ければ素直に気持ちいいと言うし、好ましいことには好きだと答えるような素直な女になった。気持ちいいことは否定しない、ならば審神者が胸をあらわにしないのは、何か理由がある。五月雨江はそれが彼女の拒否感を拭う鍵であると判断し、胸への愛撫を再開した。
「頭が何を気にかけてらっしゃるのかはわかりませんが、私はただ頭と気持ちよく、睦み合いたいだけです」
「んんぅ……っ♡」
「お嫌でしたら、強要はしません。ですがもし、何か気にかかることがあるのであれば——どうか、私の忠義への褒美として、私に身を委ねてはくださいませんか」
「んっあ、あ……っ♡」
 五月雨江の獣の勘が告げる。あと少し、ほんの少し押すだけで——きっと、審神者は五月雨江に許してしまう。
 我が主人ながらあまりに容易いその様に五月雨江は危機感さえ抱いたが、しかしこれは五月雨江との深い愛あってこそ。彼以外には決して許されない領域に立ち入っているのだと思うと、五月雨江は興奮を禁じ得なかった。
「ほ、ほんとに……笑ったりしない?」
「私が頭を笑うことなどありません」
「ほんとに?」
「はい。決して」
「…………」
 長い間の後、審神者は小さな声で「いいよ」と了承の意を示した。
「よろしいのですか」
「いいっ! 恥ずかしくなるからあんまり聞かないで……」
 審神者がもう喋らないから、の意で下唇を噛む。五月雨江のうなじに、静かに汗が伝った。
「失礼します」
 現代の下着の外し方は、心得ていた。片腕を腹に回したまま、もう片方の手で背中のホックを外す。胸元の締め付けが緩んで、ふわりと胸が重力に従って形を変えた。
 五月雨江の視線は、胸とレースの境に縫い止められていた。背後から抱き込む姿勢で良かった、と彼は僅かに残った理性で考える。きっとこの眼差しを見られては、許しを出したことを後悔させるに違いないと思ったのだった。
「っ……」
 ああ、なるほどと五月雨江は思う。
 レースの隙間から覗いた乳頭はぷっくりと膨れ、その先にかけて溝が出来ていた。乳頭が周りの膨らみに沈み込んだ、いわゆる陥没乳首だ。審神者はどうやらこのかたちがコンプレックスで、ここまで五月雨江に胸を見せるのを渋っていたらしい。
 五月雨江は「なぜこんなことで」と思ったが、審神者にとっては何よりも重要な悩みだったのだろう。体の形など、彼女のものである以上の意味はない。それだけで全てが愛おしく思えるのに、何と比較したか己を恥じるいじらしさを可愛らしいと思うと同時に、彼女のものだからという理由もあるが、そのやわらかな膨らみに目を奪われた。
「へ、へんだよね。やっぱり……ごめん、昔からこうで、他のこと違うから気にしてて……」
「まさか。——大変可愛らしいと思って、言葉を失っていました」
「かわ……い、言わなくていいから、なにも! ほんとに!」
 審神者は目をきゅっと瞑って、羞恥に耐えていた。同じ刀工の松井江は興奮すると鼻血が——と言っていたが、今ばかりはその気持ちが理解できた。興奮で血が沸騰しているようだ。全身の血管が脈打って、体が熱くなる。先程から固くなっていた刀身もまた、痛いほどに張り詰めていた。
「あっ!♡」
「恥じらうことではありません。頭のこちらも忍んでらっしゃるだけですよ」
「っ、あ、あ、ッ……♡」
 先端の溝を穿るように、五月雨江のつま先がそこをカリカリと掻いた。胸への快感は十分に教え込んでいないはずだが、物覚えのいい審神者はすぐに快楽を拾い上げる。
 彼女が好むように耳元で囁きながら、ふわりとした縁をなぞっては先端を掠め、下着越しにしたように指先で掬い上げる。腰が沿って下半身を擦り付けるように揺れて、もどかしいようだった。
 今日その日に胸だけで気持ち良くなるのは難しいだろう。これから追々、と五月雨江は頭の中に彼女の身体を更に解す計画を立てながら、物欲しげに湿る下半身へと手を伸ばした。


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