蓮を見に行きませんか
「蓮を見に行きませんか」というから、ずいぶん雅なお出かけのお誘いだと思った。五月雨江が四季折々の季節の花を見せたがるのは今に始まった話ではないので、審神者は特に深く考えずに了承したわけである。
政府管理の公園には大きな池があって、確かにそこには蓮の葉が浮いていたが、花らしいものは見当たらない。立て看板を見ると、蓮の花を見られるのは初夏から夏であるらしく、開花はまだずっと先のようだ。
一体なぜ、と審神者は五月雨江を見上げた。彼はいつもと変わらぬ涼しげな表情で、緑一面に覆われた池を見ている。もしや彼にとってはこの景色が情緒あふれるもので、自分に風情が欠けているだけで蓮の見どころとはこの丸い葉っぱなのか? と審神者は自身の常識を疑い始めていた。
「あそこに入りませんか」
そんな矢先である。池から少し歩いたところにある建物を、五月雨江は指差した。
景観に合わせ古めかしい作りのそれが何なのか、審神者には分からなかった。よくわかんないけど食事処とかなのかな、と審神者は何の気なしに「あれなに?」と訊ねる。五月雨江は先ほどまでとちっとも変わらぬ表情と声色で「出会茶屋です」と答えた。
「出会茶屋」
「はい」
「噂には……聞いたことはあるけど。ラブホだよね?」
「はい。らぶほてる、みたいなものです」
「…………」
素直に白状するだけ、まだマシだと思った。その答えに、審神者は先ほどまでの風情がどうのと考えていたことがばからしく思えてきて、閉口する。
五月雨江は繋いだ手はそのまま、しかし逃す気はないと力を込めて「入りませんか」と再び訊ねた。なんと心の強い男だろう、と審神者は思った。この顔にこの声、そしてこの体。この心さえあれば、もはや怖いもの知らずである。
「っていうか、なんでこんなとこにそんなものあるの? ここ、政府管理の公園だよね」
「さぁ、そこまでは。需要があるから建てられたのでしょう」
「へー……」
五月雨江の視線は、審神者への返事を催促していた。このままではまた、強心臓から繰り出される「入りませんか」が審神者を責めるに違いない。彼女はまあその男気を買ってやることにした。
「いいよ、入ろっか」
「よろしいのですか」
「最初からそのつもりで誘ったんでしょ。すけべ犬」
「ええ。頭の前だとどうも、我慢が効かず」
躾けてくださいますか、と五月雨江が耳元で囁く。それだけでぞくりと、彼女の背骨は羽で撫でられたように泡立った。
躾けだなんだと犬らしいことを口にするくせに、最後には彼女を組み敷いて、ひんひん鳴かせるのがこの男である。忠犬が聞いて呆れる、と思ったが、審神者も口に出さないまでもそういう嗜好を好んでいるので、これ以上は野暮かと言葉にしなかった。
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