『新道具のモニターに当選されました。ぜひお役立てください』 そんな文字が踊る文書と共に審神者の元に届いたのは、刀剣男士の紋が記された小さなキーホルダーだった。説明書きを読む限り、どうやら栓を抜くと記された紋の刀剣男士がその場に召喚されるという物のようである。彼女の手元にあるそれには五月雨江の紋が記されていることから、恐らく近侍が割り当てられているのだろう。 審神者は封筒とその道具を文机に置き、「五月雨!」と声を張った。わずか一秒も経たずして、五月雨江が彼女の元へ現れる。 「頭、お呼びですか」 「いや、いらないじゃん。これ」 「……ゴミ捨てのご用命でしょうか」 「あっ、ごめん。違うんだけど」 審神者は先ほど机に置いた道具の金具部分に指を引っ掛け、五月雨江へと見せた。簡単に説明してやれば、「なるほど、この紐を引くと私が頭の元へ呼ばれると。確かに不要ですね」と言う。審神者は彼女の意見に同意する五月雨江に頷きながらも、「否定するふりもしないのかよ」と思った。 この五月雨江という刀は、様々な要因が絡まり合った結果忍びの系譜を抱いて刀剣男士として顕現している。既に犬、俳人属性を待ち合わせ江であることから歌って踊るすていじまでやっているのだが、どれひとつとして蔑ろにせず百数振りいる刀剣男士の中でも個性を発揮していた。 その結果隠れ忍ぶのが習慣だそうで、暇さえあれば審神者の周辺、壁の裏や天井裏なんかに潜んでいた。犬だからか耳がよく足も速いため、こうして呼べば召喚されるよりも先に現れる。 このような道具が支給されると知らなかったとはいえ、近侍の人選ミスったな、と彼女は思った。いざという時に備えるならば、もう少し嵩張りそうな刀、もしくはより小回りのきく刀を選んだものだが。 「頭のことはお側で私がお守りしていますが、万が一ということも有り得ます。いざという時の為にも持っておいて損はないかと」 「使う機会あるかなあ」 「とはいえ、使用することがあればそれは危機ですから。ないに越したことはありません」 「まあそれはそうか」 そんな経緯で、せっかくモニターとして選ばれこの本丸へと届けられた道具であったが、特に使用されることもなく、しばらくは卓上の飾りとして吊るされているのみだった。 幸いにも審神者に危急存亡の時は訪れず、それでいて平穏な日々にも五月雨江は側にある。次第にその道具のことも忘れ去られていった。 それが景色に馴染んで目も留めなくなった頃、審神者はある日その道具がなくなっていることに気がついた。 文机のある執務室は出入り自由となっており、撫でられにきた犬をはじめ髪をすかれたい狐やら傍に控えたい薙刀やら主命を求めた打刀やらがやってくることがある。道具についても五月雨江以外に知らせていなかったので、誰かがただのキーホルダーだと勘違いして持っていってしまったのかも、と審神者は楽観的に捉えていた。 ある日彼女が根を詰めて励んでいた雑務を終え部屋を出ようとすると、その道具が部屋を出てすぐ、障子の前の足元に置かれていた。 誰かが審神者のものだと気付いて返しにきたのだろうか。審神者は特に気にすることなく、それを元々置いていた机のそばのフックへと引っ掛けて部屋を出た。 しかし、そうして元へ戻したはずの道具がまたすぐに消えている。かと思うと再び審神者の前に現れ、戻しては消え、そしてまた現れを繰り返した。 流石にこれには彼女も疑問を抱いた。物が人の身を得て歩き回る本丸で今更何を言っても仕方ない話で、政府直々に送られてきた道具である。足が生えてひとりでに出掛けても何ら不思議ではなかった。 けれどこれだけ続けば原因を確かめないわけにはいかないだろう。審神者はそれを持って霊験あらたかな御神刀や妖斬りの実績を持つ刀の元へと見せに行ったが、彼らは一様に「霊や妖の気は感じられない」と首を横に振った。 魂が宿るほどの長い時を過ごしたわけでもなければ妖が居着いているわけでもない。それではもうこういうものとして受け入れるしかないか、と諦めかけたその日のことである。 居間のテレビでは『ワンちゃんネコちゃん大集合! 可愛すぎるアニマル動画特集』が流れており、審神者はそれをぼーっと眺めていた。その中の一編で、飼い主と散歩に行きたいあまり自らおさんぽリードを所定の場所から引き摺り出し、加えて飼い主の元まで持っていき、尻尾を振り回すお利口な犬の動画が放送されたのだ。 それを見て、審神者はピンときた。その道具が審神者の前に現れるのは、大抵彼女がひとり暇を持て余している時か、仕事を終えて一息入れようとした頃合いである。つまり、彼女の状態を知った上でそれは置かれている。 翌日、審神者は彼を試した。日課の事務仕事を終えたあと、執務室を出る。すると待ちかねたように、その道具は置かれていた。 審神者はあえてそれを無視して、「あー、疲れたな。息抜きに誰か散歩付き合ってくれないかな」とわざとらしく口にした。するとかたん、と上から音がして、そちらを向くと天井の板が一枚剥がされる。ぽっかり空いた暗い穴からは、五月雨江が逆さにぶら下がっていた。 「頭、散歩でしたらお供いたします」 「これ、五月雨?」 審神者は道具を拾い上げ、それを五月雨江に突きつける。彼は表情こそ少しも変えなかったが、わずかに視線を泳がせた。 「何のことでしょう。道具は必要な時に現れると言います。頭にとって、いまそれが必要だったのでは」 「ふーん。じゃあこの子とお散歩行っちゃおうかな。五月雨も私の刀だけど、先に来てくれたのはこの子だもんね」 「!」 五月雨江は音もなく廊下に着地すると、審神者の手からその道具を掠め取り懐へと仕舞う。審神者がにやりと笑うと、彼は首巻を口元まで持ち上げて表情を隠した。 「この方に頭の護衛は荷が重いかと。代わりに私が務めます」 「ついていきたいならそう最初から言えばいいのに」 「……わん」 こうして二人は街へ出て、季語らしき菓子を買い、束の間の休息を楽しんだ。例の道具は定位置に置かれたまま、その後動き回ることは無くなったという。