前世とかって信じる?
「あのさぁ、前世とかって……信じる?」
私がそう訊ねると、恋人はきょとんと調理の手を止めた。
同棲して三か月になる彼氏は、恥ずかしい話、私よりも家事がよくできた。出費も家事も半分ずつ、のつもりがやや彼に比率が傾いているのは事実で、だからと彼が夕飯当番の日に手伝いを申し出ても断られてしまう。
だからこうして、私は彼が夕飯を作り終えるのとまったりソファでくつろぎながら待っていた。我ながらいい男を捕まえたものだと思う。そんな素敵な恋人は私の話の続きを促した。
「今日ね、高校生くらいかな……男の子に駅で呼び止められて。前世って信じる? って言われたの。あ、ナンパじゃないよ、たぶん。っていうか、あんな若い子が私にナンパするわけないじゃん。それに、すっごい綺麗な子だったの」
男の子にしては長い髪が印象的だった。少年は清光と名乗って、自分のことを覚えているかと私に切羽詰まった様子で問いただした。
しかしながら、当然私にそんな記憶などない。清光君のような綺麗な顔の子、一度見ればきっと忘れないことだろう。
何を言っても首を横に振る私に、最後に清光君が言ったのが「前世って信じる?」という言葉だった。
さすがになんかよくないやつかもな、と思った私は、そこで話を切り上げてその場を立ち去ろうとした。けれど、どうしてか清光君の今にも泣きだしそうな、捨てられることを怯える子犬のような顔を見ているとそれが躊躇われた。そうこうしているうちに私は彼を放っておけなくなって、連絡先を交換してしまったのである。
もしかしたら、巧妙な詐欺の入り口かもしれない。少年のように見えるけれど、童顔なだけの大人の男でただの癖の強いナンパだったのかもしれない。連絡先ひとつ握られたところでどうということもないだろう、という油断も確かにあった。
ここまで話した時点で恋人は眉を顰めたが、してしまったものは仕方がない。電話番号や住所を教えたわけでなく、メッセージアプリのIDを交換しただけだ。変なメッセージが来たらブロックすればいいだろう。
口ではそう言ったけれど、私は妙に清光君のことを気に入ってしまっていた。「夜連絡するから、……返してね」と言った彼の緊張した面持ちを今も忘れられずにいる。いつ通知が来るだろうかと少しばかりそわそわしながらスマホの様子を伺ってしまう始末だった。
恋人は不機嫌を隠そうとせず、むすっとした顔のまま、しかし彼らしい丁寧な仕草で出来上がった料理をテーブルに並べた。
お揃いのスープマグ、お揃いのお箸。どれも、恋人の希望で買い揃えたものである。自分で言うのも恥ずかしいが、彼は私を溺愛していた。そんな私がほかの男の話を嬉々としてするのが気に入らないのだろう。横一文字に結ばれた唇が自分へのやきもちのためだと思うと、かわいく見えてしまう私は悪い彼女だろうか。
「ごめんって、怒んないで」
「怒っていません」
「怒ってるよ」
「そう見えるなら、ご機嫌を取っていただけますか」
恋人がす、と目を瞑ったので私はその白い頬に口付ける。
「これで機嫌直してよ」
「こういう時は唇にするものでは?」
「それはあとでね。ご飯食べよう、冷めちゃう」
私が強引に話を逸らして「いただきます」と手を合わせやや大きな声で言うと、恋人も不満げにそれに倣った。
恋人の料理はいつも通り美味しくて、空腹だった私はぱくぱくと食べ進めてしまう。こんなにも美味しいのに、恋人は私の料理の方が良いというのだから不思議なものだ。
私が飲み物から口を離したタイミングで恋人は「さっきの話ですが」と話を差し込む。
「その、清光さんという方と今後会うことがあるのでしたら私も同席させていただきたいのですが」
「それはもちろん。っていうか、そうしてくれると嬉しい。学生でもさすがに知らない男の人と二人は怖いし」
もし清光君から連絡が来たら元から全て彼に共有するつもりであったので、それは願ってもない申し出だ。彼はその言葉に安心したらしく、少しだけ雰囲気を柔らかくする。
この感じならきっと時間が経てば彼の機嫌も良くなるはず……と考えていると「今日は一緒にお風呂に入りましょう」と誘われた。私が彼のご機嫌取りを有耶無耶にしようとしているのを見透かされている。相変わらず隙のない男だ。観念してそれを了承すると、今度こそ機嫌がなおったようで柔らかく微笑んだ。
「それにしても前世、ですか」
「興味ある?」
彼がこの話を続けると思わなかったので、私はスープマグの中身を飲みながら訊ねる。彼は「ないと言えば嘘になります」と曖昧に返した。
「当ててあげよっか。私と前世から恋人だったらいいのに……とか思ってるでしょ!」
恋人の溺愛ぶりを過信した冗談であった。笑い飛ばしてくれればよかったのに、彼は何故か一瞬、悲しそうな顔をする。妙なことを言ってしまっただろうかと沈黙を気まずく思っていると、彼は先ほどの表情が嘘みたいな綺麗な笑顔で
「そうであればいいのに、と思っただけです」
と言った。
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