帰省ラッシュに合わせて同窓会があるというので、私も実家に帰ることにした。久々に会った友人らは見た目こそ大人びて変化があったものの、中身はあの頃のままだ。 話が盛り上がるにつれ酒も進み、お開きになる頃には結構酔っている自覚があった。本丸を出る前に迎えを頑なに断ったことを少しだけ後悔する。 タクシーに乗り時の政府の施設を経由してから本丸へと帰ると、篭手切江が出迎えてくれた。 「主、お帰りなさい。もうすぐに休まれますか?」 「ただいま。そのつもりだけど……なんで?」 「いえ、その。今日は江で酒宴をしていまして。よければ顔を出していただければ皆が喜ぶかと」 「江で? 珍しいな」 荷物を持ってくれた篭手切江と一緒に彼らがいる部屋へ向かうと、七振りが結構な量の瓶やら缶やらを囲んでいた。 顔が真っ赤な豊前江が、ほとんど目の開いていない村雲江と肩を組んで歌っている。 桑名江は前髪で表情は窺えないが、首筋が赤くなっているから彼もそれなりに飲んでいるのだろう。彼は豊前江の歌に手拍子をする松井江に度々肩をぶつけられながら、冷静に柿ピーをぽりぽり食べていた。 稲葉江は居心地悪そうにお猪口を持ったまま口もつけず座っている。珍しく陽気になった富田江に背中をバシバシ叩かれて、逃げ道を失っているようだ。 「江って酔っ払うとこんな感じなんだ」 「そうですね。りいだあはだいたい歌ってます」 「篭手切は?」 「私は明日早いので。あと誰かしら後片付けをしないといけないですし」 「えらいねぇ〜」 「わっ」 江のことをとやかく言っておいてなんだが、私もしっかり酔っ払いだ。篭手切江の頭を雑にわしゃわしゃ撫で回す。篭手切江は諦めて私に好き勝手されたあと、ズレたメガネを掛け直した。 「あれ、ていうか五月雨は?」 「ここに」 「わ゛っ! びっっ……くりしたぁ」 足元から突然声がしたので、私は肩を跳ねさせた。廊下に接した襖にもたれかかるように座っている。死角にいたので、全く気が付かなかった。賑やかな輪から少し外れた場所で、五月雨江はグラスを傾けていた。 「遅かったですね」 「飲み会だから遅くなるって言ったじゃん」 「はい。ですから、頭の言った通り遅い帰りでした」 「……何言ってるの? 酔ってる?」 「それは、頭もでしょう」 「えええ」 五月雨江との会話が噛み合わない。英語のテストの誤った選択肢みたいな会話だ。自分のことを棚に上げて酔っ払いの相手が面倒になった私は、さっさと部屋に戻ることにした。この状態に入っていったら、きっと彼らが寝落ちするまで解放してもらえないだろう。 荷物を預けていた篭手切江の方をチラリとみると、いつの間にか富田江に絡まれている。先日篭手切江が隊長を務めた出陣での采配を具体的に褒められて、彼は萎縮していた。なるほど、富田江は褒め上戸らしい。そんなのあるんだ、と思いながら、普段自己開示を全くしない彼の新たな一面を知れたことを少し嬉しく思った。 後片付けもあるだろうしこれ以上篭手切江を働かせるのも悪い気がするので、私は一人で部屋に戻ることにした。床に置かれた荷物にちらりと視線をやると、五月雨江が「部屋に戻られるのなら、お供します」と立ち上がった。 「いやいや、酔ってるんでしょ」 「そうですが、荷物持ちくらいはできます」 そういう五月雨江の頬は赤く、立ち上がる動きも緩慢でふらついて見える。普段の忍びのような隙のない動きが嘘のようだ。 こんな状態のひとに荷物を持たせるわけにもいかないので、いいからと強く断ったものの、五月雨江は話も聞かず私の鞄を持って先陣を切って私の部屋へ向かっていった。 途中で吐いたり倒れたりしないよな、さすがに。不安に駆られ彼の様子を眺める。これでは、どちらが世話をしているかわかったものではない。そう思いながら、心許ない足取りの五月雨江の後ろを着いて歩いた。 「それにしても、江で飲み会って珍しいね。やってるの初めて見た」 「酒好きがいないので、そう頻繁には開きませんね」 「そうなんだ。じゃあ今日はレアなんだね。なんかお祝いとかあったの?」 「頭の帰りが遅いと聞いたので、私が誘いました」 「えっ、五月雨が?」 「つきました」 気が付けばもう私の部屋の前だ。五月雨江が部屋の扉を開ける許可を求めるようにこっちを見ている。私が頷くと、彼は自室に足を踏み入れ荷物を床に置いて——私を腕の中に閉じ込めた。 「なになになに、やっぱ酔ってる」 「はい、酔っています。頭の帰りが、遅かったので」 「いやだからさぁ、それなんなのって」 五月雨江は私の肩口に顔を埋めて額を擦り付けた。 彼と恋人同士になって結構経つが、こんな脈絡のない甘え方をされたことはこれまで一度たりともなかった。武功を挙げただとか、何か一仕事済ませたとか、贈り物をしただとか。私に甘える口実を作るように、彼は私に尽くした。 背中に腕を回してポンポンと子供をあやすように叩いてやると、私を抱きしめる力が強くなる。 「昔の友人との酒宴だったのでしょう」 「うん、そう」 「……頭が、以前仰っていた昔の恋人は来ていたんですか」 「えっ、何の話?」 一瞬、話の意図が分からず硬直する。確かに、五月雨江と付き合う前に、何かの流れで昔の恋人の話をしたことは何度かあった。それこそ、本丸の酒宴で酒のつまみに語ったかも知れない。 しかしそれはごく短期間で終わってしまった社会人時代の話で、今日会った友人たちは女子校時代の子達である。——が、具体的にそうと説明していなかったから、何か勘違いをしたのかもしれない。 「あのさ、違ったらごめんなんだけど……私が元彼のいる飲み会に行ったかと思った?」 言葉での返事はなかったが、頭部の動きが肯定を告げる。 「それで、寂しくなって江で飲んでたとか?」 同じく、頷く。私は気が抜けて、五月雨江の背中をさすさすとさすった。 愛情表現はストレートな方ではあるが、普段何を考えているのか、表情で悟らせない刀だ。そんな風に不安になることもあるのかと思うと、健気な彼が少し可愛く見えた。 「ごめんね、ちゃんと説明したらよかった。今日の飲み会は女子校時代の子達だから、女の子しかいないよ」 「そうなのですか」 「うん。だから安心してね」 頭を撫でてやると、五月雨江は肩から顔を上げた。 間近にある瞳がこちらを捉えて、目を離せなくなる。そのまま吸い寄せられるように振れるように口付けをした。 リップノイズに次第に水音が混ざり、吐息が溢れる。深くなった口付けに、次第に体が火照り始めた。 「五月雨、まって、お風呂入ってないから」 「頭、待てはいやです。今すぐあなたが欲しい」 「あっ、ちょっと……」 雪崩れ込むようにベッドに押し倒され、五月雨江のと息が首筋にかかる。 ——終わった後、ちゃんと化粧落として寝れるんだろうか、私。 トップスの裾へ忍び込む手の存在を感じながら、酔った頭で冷静にそんなことを考えた。 朝起きるときちんと化粧を落としてパジャマに着替えていたので、私は心の中で五月雨江を褒め称えた。最後の方は——多くは語らないが、到底きちんと始末をつけられるような状態ではなかったので。 そもそもキスで止まってくれれば良かった訳だが、まあ私に非がないとは言い切れないしと文句を飲み込む。 朝食の時間が過ぎているので適当に身支度をして食堂へ行くと、同じく寝坊したらしい豊前江と遭遇した。 「おう、昨日は楽しめたか?」 「えっ!? あっ、うん。楽しかったよ」 昨日——と言われて、先に浮かんだのが五月雨江のことだったので、私は一瞬狼狽えた。が、旧友との飲み会のことか、とすぐに気が付いて平静を装う。 豊前江は二日酔いらしく、味噌汁を啜りながら側頭部を摩っていた。 「豊前結構酔ってたね」 「おー……久しぶりだったから羽目外しちまった」 「いいんじゃない、たまになら。あんな豊前初めて見た」 「えっ、あんた来てたのか?」 「そこから記憶ないんだ」 豊前江に私が本丸へ戻ってからの経緯を説明してやると、彼はバツが悪そうに「覚えてねぇー……」と消え入るような声を漏らした。普段快活な彼の珍しい姿に、私はくすくすと笑う。 「結構みんな酔ってたよ。富田とかなんか面白いことになってたし、あと五月雨も」 「雨?」 突然きょとんとした顔で豊前江が箸を止めた。変なことを言っただろうか。それとも、何か墓穴を掘ったか。 心当たりのないまま何か言い訳をしなくてはならないような気持ちになった私は、「えっ、なに、変なこと言った?」と上擦った声で返す。 「いや、富さんはともかく雨はあんま飲んでなかった気がしてよ。あんたが帰ってくるの待つって言ってたからさ」 「ん? そうなの?」 「おう。飲もうって言いだしたのは雨なんだけどな」 どういうことだ、それは? 私が頭に疑問符を浮かべている間に豊前江は朝食をさっさと食べ切って、話はそれで終いになってしまった。 私も味噌汁でご飯を流し込み、後片付けをして自室へと戻る。その道中五月雨江を見つけたので駆け寄ると、彼は二人きりの時にする、恋人を見つめる優しい瞳をして私のことを呼んだ。 「頭、体調はどうですか。どこか悪くありませんか」 「それはさ、二日酔いとかの話してる? それとも別の話?」 「どちらもです」 悪びれなくそう言ってのける唇は、弧を描いていた。どうやら昨晩、彼はそれなりに満足出来たようだ。別に構わないのだが何だかしてやられた気になって、私はふんと鼻を鳴らす。それが拗ねたような仕草に見えたのか、五月雨江が私の顔を覗き込んだ。 「あのさ、別に酔ったふりしなくても甘えていいんだからね」 「……わん」 ニヤリと笑って言ってやると、五月雨江が目を丸くした。雑な犬の鳴き真似は、誤魔化すときの彼の癖だ。 「どうして気づいたのですか」 「豊前が五月雨はあんま飲んでないって言ってた」 「……口止めをしておくべきでしたか」 「あはは、脇が甘いね。それで、なんでそんな面倒なことを?」 五月雨江は瞼を伏せて、長いまつげで瞳を遮った。瞬き二つしてから、降参したように白状する。 「狭量な男だと思われたくなかったのです」 「なにそれ」 わかんないけど、そういうものなんだろうか。刀と人、男と女。何もかもが違うので、五月雨江の考えはよく分からない。しかしそんなところも可愛く見えるのだから、私も末期だった。 「あのね、そんな狡いことされるよりストレートに甘えられた方が可愛いなって思うから」 「そうでしたか。次からは、そうします」 そう言った五月雨江の腕が知らない間に腰に回っていたので、私は余計な知恵をつけたかもしれないなと自分の発言をすぐさま後悔したのだった。