季語を探しにドラッグストアへ

「買い物行こうかな」と独り言を呟いたら天井から「お伴します」と五月雨江が降りてきたので、は彼を伴って街へ出た。  戦時中の審神者らの心を癒すために作られた街並みはクリスマス商戦に染まり、キラキラと眩しい装飾が施されている。かくいうも無宗教を名乗りながらクリスマスも正月も楽しむ一般現代日本人的価値観を持っているので、浮足立った街を眺めながら一年の終わりを感じていた。  五月雨江はというと彼の時代には馴染がない行事のはずだが「季語ですね」と嬉しそうにしている。なんにせよ人の身を得た以上は現代の文化を楽しんでもらえるに越したことはないので、はその様子を微笑ましく思っていた。 「そういえば、頭は何の御用で」 「えっとね、シャンプーとトリートメントが切れそうだから買いたくて。せっかくなら匂いで決めたいじゃん? あとまあ、色々」  他にも生理用品だとか体毛処理用の剃刀だとかクレンジングオイルだとか、とにかく色々日用品を買うつもりで来ていたが、神様といえど一応異性である。はなんとなく恥ずかしくなって、誤魔化しながらドラッグストアに向かった。  多種多様、様々なパッケージの並ぶ商品棚を見上げながらはうーんと唸る。同じメーカーの商品でも髪質に合わせたバリエーションがあり、そのせいでシャンプー・トリートメントの棚だけでもかなりの商品数があった。  はここ二度ほど同じシャンプーをリピート購入していたが、こういうものは最初こそ効果に感動すれど使い続けていくと変化を感じられなくなっていく。気分転換も兼ねて別のメーカーに浮気したくなって、新規開拓を試みていた。  ふと目についたパッケージの商品を手に取ってみる。高級感のある見た目は好みだが——と香用テスターを嗅ぐと、思ったより花の香りが強い。洗い流すのだからここまで強い香りが残ることはないとはいえ、人を選びそうだなとはその商品を棚に戻した。 「別のものにされるのですか」 「うん。ほら、本丸っていっぱい人いるでしょ? あんまり癖強い感じの匂いだとよくないかなって」  彼女の本丸の刀剣男士用大浴場の備え付けシャンプーは、誰の好みにも合うよう匂いの抑えられたものを採用している。香りを楽しみたい者や髪にこだわりのある者は、それでは物足りないと感じて給金で自前のシャンプーとトリートメントを買っているようだ。「ぬしさまにもふもふしていただきたいので」と小狐丸はの好きな匂いを訊ねてきたし、髪の長い刀同士で意見交換をしあっているのも見たことがある。  そういえば五月雨江からは何か匂いがしたことがないな、とはふと思う。「五月雨、ちょっと屈んで」と言えば、彼は言われるがままそれに従った。頭に鼻を寄せてみたが、シャンプーや整髪料どころか体臭らしきものもほとんどない。頭皮がこんな無臭な人間(ではないが)いるんだ! とは驚いた。 「頭、どうかしましたか。私の頭が気になりますか」 「いや……五月雨、匂いしなさすぎじゃない?」 「忍びですので」  確かに忍者が香りで隠れ場所を見破られるだなんて前代未聞だ。それに、彼は近年稀にみる属性過多刀剣男士である。犬の系譜も持ち合わせているので、匂いには敏感なのかもしれないとは考えた。 「五月雨って鼻いい方?」 「他の刀剣男士と比べると多少利く方かと。わん」 「へー。じゃあ村雲もそうなのかな」  お決まりの犬ジョーク(とは勝手に呼んでいる)をあしらいながら、がふと思い出したのは五月雨江の相方の村雲江だ。 「雲さんですか?」 「うん。村雲も鼻が利くなら匂い付きのシャンプーとか苦手かなって」  彼はとりわけ繊細な性質で、体調を崩しては癒しを求めて五月雨江に張り付いている。それがここ最近は多少心を開いてくれたのか、のところへやってくることが増えた。せっかく来てくれたのに、苦手な匂いをさせていたらさらにストレスを与えてしまうかもしれないと危惧してのことだった。 「五月雨、村雲の好きな香りとか知ってる?」 「雲さんの好みの香りですか? ……以前、私の首巻を嗅いで『雨さんのにおい、安心する』と言っていました」 「うーん、そのエピソードは可愛いけどそうじゃないな」  しれっと明かされたほっこり仲良しエピソードを聞き流し、は村雲江の好みでシャンプーを決めるのは無理そうだと早々にその作戦を諦めた。あれだけ無臭な五月雨江の匂いを嗅ぎとっているなら、鼻が利くというのは嘘ではないようだ。  ならば結局パケ買いがいいかもな、とはもう一度商品棚を眺める。すると、棚の隣のワゴンに『期間限定!』とポップが張られた商品があることに気が付いた。ボトルの中身自体は変わらないらしいがパッケージにアニメ化もされた人気作品のイラストがあしらわれている。それぞれ動物がモチーフになっており、髪質バリエーションごとに一匹ずつキャラクターがプリントされていた。はその中の、うさぎを模したキャラクターがボトルを飾るシャンプーを手に取った。 「頭はその兎が好きですか」 「動物に張り合うのやめなって。かわいくない?」 「犬のきゃらくたーはいないんでしょうか」 「この作品にはいなかったんじゃないかなぁ。ねぇ、これ香りどう?」  いまいち会話が嚙み合わない五月雨江を無視して、は香用テスターを五月雨江に嗅がせた。鼻の利く彼に嗅がせればはずれはないだろう、という目論見だ。  五月雨江はパッケージの絵柄には物申したげではあるもの、香りは気に入ったらしく、「いい香りですね」と答えた。続けても嗅いでみるが、清潔感の中にほのかにフルーティーさのある無難ないい香りだ。これなら村雲江に嫌がられることもなさそうだ。  は五月雨江に持たせていた商品カゴに、そのシャンプーとトリートメントのセットを放り込んだ。 「こちらになさるんですか」 「うん。五月雨、この匂い気に入ったんでしょ? 他にもまだ買うものあるからついてきてよ」  五月雨江は何か言いたげに商品カゴの中身とを見比べたあと、頷いて彼女の後ろをついて行った。  必要な日用品をいくつかカゴに入れ、ついでにとお菓子コーナーを回る。こちらも期間限定のポップが誘目性の高い色味で存在を主張しており、冬季限定のチョコレートが高級感あふれるパッケージで並んでいた。  はとにかく期間限定の文字に弱かった。期間限定商品マーケティングに踊らされていると分かっていても、つい手を伸ばしてしまう。気が付くと、買いに来たつもりのなかったお菓子が山盛り商品カゴに入っていた。五月雨江は無駄遣いに口煩い性質ではなかったが、は念の為に「松井には内緒にしといてよ」と口留めを欠かさない。 「期間限定って書かれると買っちゃうんだよね。その時しか食べられないって思うとよりおいしく感じる気がする」 「なるほど、季語ですね」 「季語かな」 「はい。その季節を象徴し、その時期、その瞬間だからこそより美しく儚いもの。この兎もお菓子も季語です」 「うーん、なんかそんな気もしてきた」  広義の季語とはまた違っているが、それこそが五月雨江がこの時代に顕現し戦う理由なのだろう。四季の移ろい、刹那的な美しさ、人の営み。それらを守るべきものと捉えてくれているなら、歴史修正主義者と戦うにとっては助力を乞う相手としてはこの上ない。よくわかんないけど人の身を楽しんでくれてるならいっか、とはレジの列へと並んだ。 「もちろん、頭も季語です」 「なんか前もそんなこと言ってたね」  会計を済ませ店を出ると、もうすっかり日が落ちて暗くなっていた。本丸を出た時はまだ夕日で明るかったのに、とは改めて日の短さを感じる。五月雨江の腕に引っかかっていた色付きレジ袋の中から買ったばかりのチョコレートを取り出し、個包装の袋を剥く。 「五月雨、口あけて」 「はい」  五月雨江の口にチョコを一つ放り込むと、彼はついでと言わんばかりにの指についたココアパウダーを舐めた。まじかこいつ、とはぎょっと目を剥いたが、五月雨江の行動に突っ込んだところで「犬なので」とか理由になっていない言い訳で誤魔化されるのが目に見えているので、スルーして自分の分を剥いて口に含む。  生チョコ風のそれはコーティングされたココアパウダーが唾液と混ざって溶けると、優しい甘さが口いっぱいに広がる。昔の人が季節の草花や食べ物、空模様を季語と定めてそれを愛でたのなら、いつかこのチョコレートも季語になるのかもしれない。そんなおかしな空想をしながら、はそれを愛でる男を見上げた。

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