稲葉が触手に襲われる話

※注意
・稲葉が可哀想
・ハートフルエロコメディ
・富稲っぽく見える要素がありますが、カプ無しのつもり。双璧の間にあるのはとても厚い信頼関係。
・なんでも許せる人向け(最重要)

 審神者に命じられ、指定された時代へと時間遡行したはずの稲葉江、富田江の二振りだったが、その先に広がっていた景色は、およそ過去の日本とは思えぬものだった。  彼らが降り立った場所は薄暗い洞窟の中で、壁面に埋まった光を放つ不思議な石だけが視界の頼りだ。洞窟は突き当りも見えないほどに長く続く一本道で、彼らの後ろに道はない。つまりはここがどこであろうと、先へ進むほかに選択肢はなかった。  ここがどこなのか、一体なぜ自分たちがこの場所にいるのか。それが分からぬうちは、いるかもわからない敵に居場所を知らせるべきではない。二振りは息を殺し、頷きだけで意思疎通をし合った。  一見岩に見える壁面に触れると不思議と生暖かく、光る石は呼吸をするように光量が強弱に波打つ。その不気味さに、稲葉江は顔を顰めた。まるで、巨大な生き物の腹の中に飲み込まれてしまったようだ。  慎重に先へと進むこと約一時間。警戒していた敵の気配はなく、それどころか生き物一匹現れやしない。気が遠くなるほどに単調な景色が延々と続いていた。進むごとに道幅は狭くなり、天井は低くなる。恰幅のいい二振りは、窮屈に身を屈めながら歩いた。  先を行く富田江が足を止め、稲葉江に手招きをする。稲葉江が富田江の背後から身を乗り出すと、そこには開けた空間があった。 「ここは……」 「空気が流れている。外に通じているということだよ」  富田江は開けた空間に片手を突き出した。二振りは頷き合い、一歩踏み出す。洞窟を球状にくり抜いたように空間が広がっていて、天井が高い。これまでの一本道とは一転して開放的だ。富田江の言う通り、どこかから空気が流れ込んでいるようで、稲葉江の頬に冷たい風が触れた。 「これだけ歩いて何もないとは。時間遡行軍の罠ではないかと疑ったが、そういうわけでもなさそうだな」 「まだ先はあるようだけど……。どうしようか」  富田江が一瞥した先には、彼らが通ってきたのと同じ幅の道が続いていた。道がどこまで続くか分からない上、この洞窟がどこに位置するものかすら掴み兼ねている。せめて山間なのか、海の傍の崖なのか、そんなことでも分かれば策の練りようもあったが、現状では無理に壁を破壊して脱出することも難しそうだ。  二振りは揃って考え込んで、沈黙が続いた。  そんな中、稲葉江は視界の端に蠢く何かを捉えた。彼が顔を上げると、富田江の背後に影が迫っている。稲葉江は思わず柄に手をかけ、「富田!」と叫んだ。  富田江に向かうと思われた[[rb:それ > 、、]]は、稲葉江の声で富田江が振り向いたことで、躱した形となった。長大な何かが、素早い動きで今度は稲葉江に向かう。彼が抜刀するより先に何かが手首に絡み、断ち切ろうとした動きを制した。 「くっ……なんだこれはッ……!」  稲葉江を拘束したそれは、粘液を纏った蔦のようなものだった。植物なのか生き物なのかすら判別が付かないが、動きは蚯蚓によく似ている。両腕へと巻き付いたそれを引きちぎろうと、稲葉江は腕を藻掻いたが、蔦は収縮し、それは叶わなかった。 「これは……生き物かな?」 「貴様……なにを暢気に」  鎬を削り合う戦場であろうと、相対した敵に「もっと君たちのことを知りたいな」と宣う男だ。未知の存在への好奇心と片割れの危機を天秤に傾け、前者の皿が落ちたらしい。両腕の自由を奪われ警戒心をあらわにする稲葉江と対照的に、富田江は物珍しそうにそれを見ていた。  これは偏に稲葉江という刀を信じているからこその判断で、もし蔦に捕らわれたのが旧知の短刀ならば、富田江は口を動かす前に切り落としていたことだろう。しかし、気色の悪い物体に拘束されて、心底不快な思いをしている稲葉江にとっては、そんな信頼には何の有難みも感じなかった。 「話の通じる相手なら交渉の余地もあるけれど。どうだろう?」 「さっさと叩き斬れ!」 「分かったよ。……おや?」  稲葉江に怒鳴られ、富田江はようやく柄に手をやった。  すると今度は、稲葉江の腕を拘束したものと別の蔦が富田江へと近づいた。稲葉江と同じく富田江に絡んで拘束するのかと思えば、それは富田江に向かって上下に動いている。粘液をぽたぽたと地面に滴り落とす様が、涙を零して命乞いをしているようにも見えた。 「君たちは私たちに敵意があるの?」  蔦の先が左右に揺れる。 首を横に振って否定している動きに見えなくもないが、稲葉江からしてみればそんな末端の、意思があるのかどうかすら危うい生命——かどうかもまだ分からない物体の動きを信用できるはずがない。  しかし富田江はそれを「この蔦は話ができるようだ」と捉えたらしい。彼は頭のように見えなくもない蔦の先端に視線を合わせ、問いかけた。 「どうしてこんな真似を? それと、ここが何処なのか知りたいな」  蔦はうねうねと、身振り手振りだけで意思表示をするかの如く蠢く。その間も稲葉江の腕は拘束されたままで、それどころか足元には別の蔦が迫っていた。富田江はうんうん、と蔦の話を聞くように頷いて、しばらくそんなやり取りをした後、「わかったよ」と答えた。稲葉江は、「何がだ」と片割れをきつく睨んだ。 「稲葉、この蔦は私たちに敵意はないようだ。ここはおそらく時空の狭間のような場所で……私たちは何らかの力でここへ引き込まれてしまったらしい」 「何故そのようなことがわかる」 「この子が言っていたから」  ね、と同意を求めて富田江が手を添えれば、蔦は甘えるようにすらりと長い指に巻きついた。稲葉江の手を拘束するものとは全く違う、遠慮がちな動きであった。 「彼らは弱っていて、少しだけ私たちの気を分けて欲しいそうだ。命に危険を及ぼすことは決してしないから、どうか助けて欲しいと言っているよ」 「その蔦がか?」 「うん」  稲葉江は絶句し、しばらく開口したままでいた。想定外の場所に転移してしまった非常事態と呼ぶべき現状で、下らない飯事に興じるのはどう見積もっても気狂いだ。  しかし稲葉江の鉛色の眼に映る彼は、平素と変わらぬ気品を湛えた天下一の江そのもので、それが輪をかけて稲葉江に不安を抱かせる。いっそのこと、この空間全てが歴史修正主義者の罠であり、これは片割れの姿をした肉人形であればいいとすら思った。 「命までは取らないと言っているし、私たちは手入れをすれば元通りの身なのだから。ここはひとつ、力を貸してあげるというのはどうかな」 「どうかな、ではない。そんな異形の戯言に耳を貸すとは、貴様正気か?」 「正気だよ。彼らも生きていて、私たちに危害を加える気はないと言っている」  話にならん、と稲葉江はげんなりと目を細めた。建前でも危害を加える気はないと主張するならば、まずこの拘束を解くべきだろう、と自身の両腕を見る。  最初こそひやりと冷たかった蔦は稲葉江の体温が移ったのか、今や人肌程度の温度になっていた。粘液が腕を伝ってむず痒く、腕を引いても押しても拘束が解かれる気配はない。  そもそも、『気を分ける』とはどういう意味を指しているのだろうか。迂遠な言い回しだが、実情臓器や血肉を啜らせろという意味だったとしてもなんら不思議ではない。それ程までに、この空間、そしてこの蔦は彼らの常識はずれだった。 「そういうことだから、稲葉」 「待て、何がそういうことだ」  稲葉江が考えに耽っている内に、富田江はこの蔦と交渉を済ませていたらしい。恐らくは、勝手に稲葉江の体を交渉のテーブルに乗せて。和解を示すように、富田江は蔦と手を絡めあっていた。 「彼らに身を委ねていればいいそうだ。少し疲れるかもしれないけれど、人助けみたいなものだよ」 「意味が——ッ!?」  富田江の言葉を合図に、稲葉江の足元で蠢いていた蔦が彼の足を伝った。稲葉江の足首ににゅるんと巻き付き、細く伸びた末端はさらに上、稲葉江の腹を目指す。そして腕を拘束していた蔦は上腕を回って、稲葉江の顔までたどり着いた。  いくら刀剣男士といえど、このまま首に絡まれて締め上げられればひとたまりも無い。稲葉江は本能的な危機感に奥歯を噛み締めた。  蔦は稲葉江の頬を蛞蝓のように粘液を落としながら這い、口元へと近付いた。一文字に結んだ唇を容易く割り、歯の隙間さえ抜けて稲葉江の咥内に侵入する。  唇に触れる感触に、稲葉江は昨夏食べた筒状の氷菓を思い出していた。「ふたりでひとつなので、富田せんぱいと半分にしてくださいね」と篭手切江に言われ手渡されたものだ。人工的な甘みは稲葉江の舌には合わなかったが、茹だるような暑さを冷ますあの冷たい舌触りは、好ましいものだった。  しかし今、稲葉江の舌を犯すのは甘い氷菓などではなく、得体の知れぬ生き物かどうかすらわからない粘液を纏った弾力のある蔦だ。少しでも触れまいと舌を逃すと、それを追って絡んでくる。粘液は溶かした砂糖のように甘ったるく粘り気があり、稲葉江は思わず顔を顰めた。  それに気を取られている内に、稲葉江の身体全体に蔦が絡んでいた。蔦は細く枝分かれした先端で器用にベルトを解き、稲葉江の装束を脱がせにかかった。革製のボトムの間に滑り込み、稲葉江は思わずそれから逃れようと腰を逃す。けれどその動きさえ利用して、蔦は下着ごとボトムを膝まで脱がせてしまった。  富田江の眼前に下半身を晒すこととなり、屈辱感に稲葉江の顔が歪む。互いの身体は湯浴みで見慣れていたが、状況が状況だ。富田江は表情一つ変えず、辱めを受ける稲葉江をじっと見つめている。交渉成立した以上、片割れがどのような目に遭おうと蔦との約束を反故にする気はないようだ。  そのことで彼が動揺している間に、別の蔦は上半身を蠢いていた。稲葉江の張り付くインナーの上から粘液を滴らせながら蔦が伝う。そのせいでインナーがぺたりと肌に張り付いて、心地が悪かった。 「っ……!?」  稲葉江の身体が陸地に打ち上げられた魚のように大きく跳ねた。咥内を犯され得体のしれない甘い粘液を流し込まれ、上半身は蔦が這い回り、下半身を露出させられ——これ以上ない辱めを受けている。にもかかわらず、稲葉江の身体は強い快感を覚え、打ち震えていた。  蔦が滴らせる液体には稲葉江の感度を鋭敏にする作用があったらしい。筋肉で張り詰めた胸筋の頂を、細い蔦が弄ぶ。粘液のせいでぴんと立ち上がった乳頭が薄手の繊維の下で窮屈にしているのを、乱暴に弾いた。  それと同時に露出された下半身の頭身に、一際柔らかな蔦が巻き付いた。鞘ほどの太さのそれは特に粘液の分泌が多く、こんにゃくのように弾力のある体表をしている。部分的に粒のような凹凸があり、その部分で刀身を扱き上げられると、その刺激の強さに脳天を貫くような快感が背筋を走った。  人間の男の身を与えられたのは戦の為であり、ならばそのためだけにこの身を使うべきだと稲葉江は考えていた。その考えが覆されたのは富田江が顕現して少し経った後、篭手切江のれっすんに参加するようになってからだが、今でも根本的な考え方は変わっていない。  仮初の器ながら人の男に似せて作られているため、己の身体に生殖機能の名残があることは知っていた。戦後の昂りが収まらず、自らの手で処理をしたこともある。機能としては理解していたが、理性的な彼は欲に溺れることもなく、積極的にそれを満たして快感を得ようと考えたこともなかった。  が、故に。突然体を襲った稲妻のような感覚に思考が追いつかず、前代未聞の快楽に衝撃を受けた身体は、素直過ぎる反応を起こした。  幸いだったのは、口を塞がれているせいで霰もない声を上げずに済んだことだろうか。身悶えながら性感帯を虐め抜かれる稲葉江を、富田江は温度のない眼差しで見つめている。そこには好奇や憐憫の色はなく、ただじっと事が済むのを待っていた。  稲葉江は片割れの顔を見ていられず、眉根を寄せながら目をぐっと強く瞑る。その間も胸部と陰部、そして咥内への刺激は続いていた。  蔦は稲葉江の反応からより強い快感を得られる動きを学んでいるようで、稲葉江は苦しめられる一方である。このような状況で吐精するなど、考えたくもない事だ。しかし身をもがいても逃れられず、時が経つごとに刺激は強くなる。もはや、負けの決まった我慢比べだった。 「っ、〜〜、ッ、! ぐっ、……」 「稲葉、最初に言ったように、彼らは気を分けて欲しいそうだ。我慢強いのは結構だけれど、そろそろ素直に気をやったらどうかな」 「……! っ、と、……ん゛う゛ッ!!」  まるでお前が強情なばかりにここから出られない、とでも言いたげな富田江の物言いに反発し、稲葉江は怒鳴りつけようとした。しかし自由の利かぬ身体ではそれもままならず、あろうことか多量の粘液を嚥下してしまった。強い酒を飲み干したように全身がカッと熱を持ち、身体の制御が利かなくなる。  絶妙な力加減で締め上げる蔦のせいで刀身は張り詰めて、いつ弾けてもおかしくない状況だ。涙や鼻水、唾液が顔を伝うだけで、感度の高い部分を撫でられているかのようだった。  凹凸のある蔦が裏筋をなぞり上げるたび、精を吐き出してしまいたい衝動に襲われ、それをなけなしの理性で抑え込む。得体のしれない物体に、訳の分からぬものを飲まされ、好き勝手身体を暴かれた上、片割れの眼前で——状況に抗おうとすればするほどもどかしさは増し、射精への欲求は強くなる。どうせ達せねばこの場からは逃れられないというのに、その魂に刻み付けられた頑固な高潔が、いつまでも稲葉江が快楽に陥落することを許してくれなかった。 「……ここまで粘るのもお前らしいといえばお前らしいのかな。私が代わってもいいのだけれど、この状況ではそれもお前を苦しめるだけなのだろうね」 「う゛ぐ、……っ」  今更何を、と稲葉江は富田江を睨む。今の稲葉江の頭では、彼の言葉の半分ほども理解できなかった。何度も押し寄せる快楽の波をやり過ごすのに精いっぱいで、まともに思考が機能しない。もはや何のために耐えているのかも分かっていなかった。  しかし富田江が——天下一と呼ばれた彼が自分と同じ立場に堕ちることだけは避けねばならない。それだけははっきりとわかっていた。 「稲葉、楽にしていいんだよ。私と一緒にここを出よう。その為に、彼らの力を借りるんだ」 「……っ、ふ、……!」 「こんなになって……苦しいだろう。出してしまって構わないから、ね」  富田江の手が触手越しに稲葉江の刀身を撫で上げる。力はほとんど籠もっておらず、微かに表面を指の腹が這っただけだ。だが、それだけで稲葉江が決壊するには十分だった。 「ぐ……っ、く、う、ふぅ……ッ!!」  溜まりに溜まった精液が、管を伝って噴出するのが分かった。稲葉江は無意識に腰を突き出すと、蔦がとぐろを巻いて出来た筒の中に射精した。  これまでの事務的な射精とは別次元の快感に、視界がちかちかと白む。多量の精液が吐き出されたにもかかわらず、それは一滴も滴り落ちることなく、どういう構造か、蔦によってすべて吸い上げられていた。  ややあって、稲葉江の身体は解放された。投げ出された体がぐしゃりと地面に落ちる。稲葉江が崩れ落ちたまま息を整えている間に蔦は引き上げたようで、その場には着衣を乱した稲葉江と、ここに来た時と何一つ変わらぬ富田江だけが残された。 「約束通り、彼らは出口を用意してくれたよ。あそこから出られそうだ」  富田江の言葉通り、球状の空間には先ほどまでなかった穴がぽっかりと開いていた。その先は眩く、真っ白で外の景色は見通せない。おそらくは、本丸の転移門と似た構造なのだろう。 「き、……貴様」 「一人で立てそうかな。どちらにせよ下は履いた方がいい」 「…………」  いけしゃあしゃあとそんなことを言う富田江に稲葉江は殺意を滲ませた睨みを送ったが、富田江はどこ吹く風だ。床に落ちたままのボトムを拾うと稲葉江の足を勝手に動かして、着せようとした。ここまで痴態を晒しておいて今更ではあるが、されるがままでいるのは稲葉江の矜持が許さず、彼は膝で引っ掛かったボトムを自分で引き上げた。 「これを」 「何のつもりだ」  稲葉江がよろめきながら立ち上がり、軽く着衣を整えると、富田江は肩にかけていた外套を差し出した。 「その顔で帰還するのは、何があったか聞いてくれと言っているようなものだよ」 「……ふん」  稲葉江が左腕で顔を拭うと、直視し難い量の体液に塗れていることが分かった。己の身体を見下ろすと、蔦の粘液で胸から腹は濡れ、薄手のインナーが濡れて張り付いている。確かにこの姿では、何があったか根掘り葉掘り聞かれかねない。  稲葉江は富田江の厚意に甘えて外套を引ったくり、頭から被った。忌々しいことに、僅かながら富田江の身長は稲葉江を上回る。マントのようにたっぷりとした布地があるおかげで、稲葉江の頭から上体はすっぽりとそれに包まれた。  ◆  時を同じくして、本丸。  審神者は、転移門の前で右往左往していた。その様子はさながら動物園の檻に閉じ込められた獣だ。かれこれ一時間ほど、彼は落ち着いていられず、ずっとそうしている。近侍の豊前江が「でーじょーぶだって!」と声をかけたが、聞く耳を持たなかった。  転移エラーが発生したのは、稲葉江、富田江の部隊が出陣した直後だった。けたたましい音と共に異常事態が知らされ、調査を依頼した管狐によると、その二振りが時空の狭間に取り残されているという。  二振りの気配を追跡することは不可能で、審神者に出来るのはただ彼らが無事に帰るのを祈ることのみ。審神者は二振りの安否が心配で気が気でなく、こうして転移門の前に居座り続けていた。 「稲さんも富さんも強えーんだからさ、心配いらねえって」 「いやでも、こんなエラーは前代未聞だし、いくらあの二人でも何があるか……」  顔を青くした審神者の背を叩いて、豊前江は励ました。彼の刀剣想いな性格は、豊前江もよく知っている。この様子では、審神者は彼らが帰ってくるまで、食事も睡眠も取らずに待ちかねない。  江の双璧と謳われた二振りの強さを心から信じている豊前江だが、審神者ほどでないにしろその身を案じていた。行先が分からぬ以上助けに行くことも出来ない。「無事に帰ってきてくれよ。稲さん、富さん」と門に向かって念じながら、審神者と共に彼らの帰りを待ち続けた。  門が開いたのはその少し後だった。白んだ門の中、外套を羽織っていない富田江の少し後ろに、それを被った稲葉江らしき人影がある。二振りは奇跡的に、本丸への帰還を果たした。  審神者は慌てて富田江に駆け寄った。見たところ目立った外傷はなく、富田江に関しては出陣した時とまるで変わりない。しかし稲葉江は、富田江の外套で顔を隠して一言も口を開こうとしなかった。 「富田、稲葉! よかった、無事に帰って来れて……。大丈夫か?! お前ら、時空の狭間に閉じ込められて……」 「君にはそこまで伝わっていたんだね。よかった。私も稲葉も、この通り無事さ」 「…………」 「なあ富さん、稲さんは……」 「うん。私は全くの無傷なのだけれど、稲葉には少し苦労をかけてね。悪いがすぐに休ませてやりたいんだ」 「そ、そうなのか……。わかった。豊前、部屋の準備頼む。稲葉、すぐ休んでくれ」 「状況は後ほど私から。……といっても、私から話せることはほとんどないのだけれど」  富田江に言われるがまま、審神者は口を開かぬ稲葉江を手入れ部屋へ押し込んだ。  その後、刀剣男士の状態を確認出来る端末を見て、審神者は驚いた。疲労度を表すゲージが紫色に染まっている。重度の疲労を超えた状態だ。時間遡行軍との戦いでも滅多にここまで追い込まれることはなく、審神者がこの目で見たのはこれが初めてだった。  富田江へのヒアリングの結果、分かったのは時間遡行という不完全な技術の中で『稀によくある』エラーの一種が運悪く発生してしまった、ということだけだ。対策のしようもなく、人員が欠けることなく戻っただけでも幸運だったとしよう、という話に落ち着いた。審神者が時の政府への報告書を書いて、この件は終いになった。  そんな出来事が忘れ去られた頃、本丸に時間遡行軍の魔の手が迫った。  戦力差を鑑みれば戦況は絶望的、崩壊は免れないと思われた中、謎の生物——触手によく似たなにかが現れ、時間遡行軍を蹴散らしたのである。おかげで多少の負傷者は出たものの、一振りも欠けることなく事態を乗り切ることが出来た。あの触手が一体何だったのか、どうしてこの本丸を救ってくれたのか——すべては、闇の中である。

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