結婚したくなるのでやめてください

「……………………」  [[rb:コレ > 、、]]と付き合っているのか、私は、とは口をぽかんと開けていた。  遠目に見ても、よく目立つ姿だった。すらりと背が高く、伸びた足がその殆どを占めているのでは、と思わせるような均整の取れたスタイルだ。  その上肩幅が広く、胸板も厚い。日頃惜しげもなく晒される筋肉は黒いスーツとコートの下に収まって大人しくしていたが、それでも尚隠しきれぬ逞しさが色気を醸し出していた。  そして何より、頼もしさのお手本のような肉体の上に乗っかっている顔の美しいこと。大人びた渋い声色と頑固な性格と険しい表情が印象的なあまり見過ごされがちだが、繊細で端正な顔立ちをしている。直線的なまつ毛に縁取られた切長の目は近寄り難く、だからこそ高貴な美しさで人を魅了する。  要は、とんでもなくカッコよく、とんでもなくきれいだ。  大量生産の黒いダウンコートを着た大衆の群れで、彩度全てを失った絵画のような出立ちは群を抜いて目を引いた。ありふれた郊外にあるまじき常人離れした容姿は、老若男女問わず誰もが思わず振り返るほどである。何を隠そう名実ともに国宝なのだから、致し方ないことではあるが。 「なんだ、その顔は」 「…………………いえ、別に」  顔を合わせた途端硬直し、じっと稲葉江の姿を眺め続けるを彼は訝しむ。はサッと目を逸らし、寒さに両手を擦り合わせた。  数年ぶりにその地を踏んだ生まれ故郷は、知らない街のようだった。  学生時代に通ったカラオケも古本屋も潰れ、その面影は残されていない。それが寂しくもあり、時の流れとはかくあるものだというという諦観もあった。  帰郷のきっかけとなったのは、幼馴染同士の結婚だ。地元の大きな、幼い頃からの憧れであるホテルで式を挙げるとのことで、はなんとか都合をつけて参列した。  せっかく帰ったのだし一泊したいところだが、催事の真っ最中で時間にゆとりはない。二次会を途中で抜けて本丸に蜻蛉返りすることになっており、その迎えとして稲葉江がやってきたわけだった。  しかし、なぜまたスーツなのか。は横目でその姿を盗み見る。  確かに結婚式のためにドレスを着たと並ぶのには見合っているが、別に彼が結婚式に参列するわけではないのだ。普段通り、目立たない——この顔と体格で目立つなという方が無理な話だが——洋服を着てくればいいものを、彼はわざわざ祝い事の為に誂えたスーツを着用してきた。  が理由を訊ねると、稲葉江は「篭手切が」と答えた。  刀剣男士が現代に赴く際は、念のため、衣服や現代文化に詳しい者に服装の確認をしてもらうことになっている。その手順に則って、身内でありそのどちらにも精通した篭手切江に稲葉江は相談したところ、「主はどれすあっぷしてらっしゃいますし、せっかくなら稲葉せんぱいも」と助言を貰ったそうだ。  の見解では、これはただの趣味である。篭手切江の「かっこいい稲葉せんぱいが見たい」という欲望と、それはそれは気の回る彼のことなので、に驚きと喜びを与えよう、なんて魂胆が重なったのだろうと彼女は推測した。 「稲葉さ、その格好でここでずっと待ってたの?」 「ああ」 「人にジロジロ見られなかった?」 「いつものことだ」 「ああ……、そうですか」  平凡な容姿に生まれ、取り立てて見た目だけを誉めそやされることなく育ったには分からぬ感覚だが、彼にとってはこれが日常のようだ。元の刀剣自体も美術館で大事に飾られ鑑賞されているのだから、大衆の視線はそれらと変わらぬ感覚なのかもしれない。自分には理解できない常識の違いに、はへぇ、と気の抜けた声を漏らした。 「じゃあ帰りますか……」  ふらふらとが歩き出すと、その手を稲葉江が掴んだ。  手袋に包まれた体温に触れ、は驚いて肩を跳ねさせる。稲葉江はそのままを引き寄せると「こちらだ」と——これはの主観だが——やたら色気を纏った声色で、耳元で囁いた。 「っ!」  耳に火でも灯ったかのようだ。がぎょっとしていると、稲葉江が手を離す。すると、徐に身につけていた手袋を外し始めた。 「つけておけ」 「えっ、ありがとう……?」  稲葉江に手袋を差し出され、よく分からないままはそれを受け取った。手袋越しにも手の冷たさが伝わって、あんまりにも哀れだと情けをかけてくれたのだろうと、は素直にそれに手を通す。当然ながらサイズは合わず、指の長さだけでなく手の厚みや横幅までも布が余った。 「ごわごわする」 「ならば次は忘れるな」 「ごめん。ありがとう」  少しでも手袋をフィットさせようとが手を握ったり開いたりしていると、稲葉江の手が伸びてきて、片手を攫った。のだぶだぶに布が余った指の間に逞しいそれが絡む。 「帰るぞ」  言葉と共に吐き出された白い吐息がふっと空気に溶ける。色が消えてぼやけた世界の中、彼だけが彼だけが鮮烈な存在感を放っていた。  いくら防寒着を身に着けているといっても、の服装は薄い布でできたドレスだ。真冬、極寒の屋外には適していない。このまま外に居続けたら凍えてしまいそうなのに、帰るのが惜しい。 「い、いまそういうかっこいいのするのやめてもらっていいですか」 「……何がだ」 「いえ、こっちの話…………」  に限らずこの年代の女にありがちな話で、人の幸せを目の当たりにすると、瞬間的にそれに憧れてしまう。まさに彼女はいま、その幸せな瞬間に立ち会ってきたばかりだ。ただの迎え一つでこうも心を掻き乱されていることを悟られまいと、は口を噤み、マフラーに顔を埋めた。  赤くなったの顔を、稲葉江はじっと見ていた。

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