禁じられるほど燃え上がる
城の上階に位置するの私室へは、彼女の許しがなければ入室できない。この城の主であるの意思が絶対であると同時に、彼女はこの本丸唯一の女人だからだ。
しかし、それを唯一許された存在が、彼女と相思相愛の仲となった稲葉江である。彼は夜な夜なの元へと通って、何の憚りもない中、たったふたりきりの部屋で恋人同士の時間を楽しんでいた。
平素厳めしい顔が僅かに緩んで、眦に甘さを滲ませる。彼のそんな表情を目にするのは、だけの特権だ。
静かな夜、下階に響かせないよう気遣って廊下を歩く足音を耳にし、は腰を上げた。ややあって名乗った低声に、相手を碌に確かめもせず、は来訪者を招き入れる。そのため、声を聞く前から待ち構えていた彼女を稲葉江が「不用心だ」と嗜めるのが、日常であった。
ふたりきりの時間を待ち遠しく思っていたは、逞しい体に抱き着いた。稲葉江はそれに応えるように、華奢な背中に腕を回す。
今では当たり前になった触れ合いだが、ここに至るまでの道のりは長く険しいものだった。何せ、互いに不器用な性質であったので。稲葉江の片割れであり、今ではすっかりの惚気聞き当番になった富田江がいなければ、二人の関係は成立し得なかっただろう。
けれど今は、互いの想いを疑うことなく愛し合う幸福を手にしている。人と物、流れの違う時を惜しみながらも、唯一と定めた相手と過ごす瞬間を噛みしめていた。
胸板に顔を寄せていたが顔を上げると、鉛色の瞳と目があった。彼女は瞼を伏せ、口付けを待つ。しかしそれが迫る気配はなく、が不思議に思って目を開くと、稲葉江は何か言いたげにの肩をそっと押した。
「稲葉?」
彼の名を呼んだ声には、が思う以上に不満が表れていた。キスはしないの? とでも言いたげな口調になってしまったことを恥じらって、はムッと唇を尖らせる。
「触れてはならん時期ではなかったのか」
「えっなんで?」
「検査がどうの、と管狐に言われたのだろう」
「検査……ああ! 健康診断ね。忘れてた」
すっかり忘れてた、と悪びれないに、稲葉江がため息を吐く。自分が言ったことを忘れていた後ろめたさから、は頭を冷やそうとその温もりから距離を取った。冷静で理性的な稲葉江と、恋人同士になって随分経つというのに未だふたりきりの時間に浮かれてしまう自分を比較して、は恥ずかしくなった。
ここ数年のうちに制定された決まりで、刀剣男士を使役している審神者は、年に一度、健康診断を受けることになっている。以前は審神者の健康など知ったことではないと放任主義だった時の政府も、規模の拡大と最初期に就任した審神者の高齢化に伴って『健康第一』を掲げるようになったらしい。審神者体操なる動画を配信し始めたりと、彼らの健康を気にかけるようになった。
この任に就いて長いは、突然健康促進を始めた時の政府に「どういう風の吹き回しだろう」「実は戦況がすごく悪かったりするのかな」と訝しんだが、事情は杳として知れぬまま。本丸に籠もりきりでは医者にかかる機会も滅多にないので、この制度をありがたく利用していた。
昨年までは前日の食事や事前採取物にのみ気を配っていればよかったものの、今回はこれまでと事情が違っていた。恋人である稲葉江の存在だ。一方的な片思いから両想いに昇格したことで結びつきが強くなり、検査内容にも変化が生じた。
死体を解剖すれば、審神者なる者は一目で見分けがつくという。それほどに、刀剣男士との触れ合いは人間の肉体に影響を及ぼすらしく、性別を問わず刀剣男士と深い仲となった審神者は、時の政府に申告する義務があった。
彼女もそれに従って、『該当する場合は記入してください』の欄にある『刀剣男士との肉体関係』の項目にチェックを入れた。すると、連絡役の管狐は事務的に項目を読み上げた後、「健康診断前一週間は、刀剣男士との粘膜接触を控えるように」と言い渡した。血液検査前の絶食と、全く同じ声色で。
はそのことを言われたその日に稲葉江に伝えたが、それで満足して頭から追いやってしまっていたらしい。彼女の忘れっぽい気質をよく知る稲葉江はそれを見越して、態々カレンダーを捲って健康診断の日付を把握し、こうして制止したというわけだ。
「……粘膜接触ってどこから?」
「少なくとも口吸いは禁じられているだろうな」
「えー、キスもだめなんだ……」
明け透けな話、顔に似合わず閨では情熱的な稲葉江と、彼に首ったけなは頻繁に体を重ねていた。一週間の禁欲と言われ、「そんなに長く」と抱いた所感がその証左である。
恋人を横目で盗み見て、は「稲葉、我慢できるのかな?」と考えた。しかし訊ねるまでもなく、稲葉江が忍耐強い男だというのは理解している。おそらく先に音を上げることになるのは、の方だろう。
別に体目的で付き合ってるワケじゃないし、と物足りなさを振り切って、習慣となった眠る前の口付けを省き、は自分の布団に潜った。その夜、ふたりは体を重ねて以降初めて、同じ部屋にいながら抱擁以上のスキンシップを取ることなく、眠りに就いた。
付き合い始めたばかりの一緒にいるだけでドキドキしていた時期を思い出す——なんて新鮮さに心を沸かせたのは、最初の三日ほどだけだ。四日目の夜、は欲求不満に耐えきれず、稲葉江が部屋に来る前に自らの下着の中に手を伸ばした。
数日稲葉江に触れられていないそこは、が細い指先で下着越しに触れるだけで容易く濡れてしまう。生娘だった頃——彼に体を許す前は、欲望を持て余して自ら慰めるどころか、こんな風に体を火照らせることすらなかったというのに。
体の疼きは、自慰で達した後も満たされることはなかった。それどころか稲葉江に抱かれることを想像したせいで余計に恋しくなってしまい、虚しさは増すばかりだ。残り三日、壁掛けカレンダーの『健康診断』と書かれた日付を、はじっとり恨めしそうに睨んだ。
睦み合えないことが理由にはならないと、稲葉江はの部屋に通い続けていた。はファブリックミストを吹いて自慰の痕跡を消した後、彼を部屋に招き入れた。
「顔が赤いな。具合でも悪いのか」
の顔を見るなり、そんなことを稲葉江に訊ねられ、はどきりとする。匂いを消して衣服を取り換えても、体に残った熱は隠しきれなかったらしい。は「悪くない!」と大袈裟に首を横に振った。
稲葉江が布団の上に胡坐をかいて座っている姿を見るだけで、の鼓動は早くなる一方だった。
無骨な印象に似合わぬ華やかで端正な顔立ちと、筋の隆起した首筋から色香を纏う鎖骨。見ているだけで逆上せてしまいそうだと視線を逸らせば、寝衣の浴衣の袖口から筋肉質な腕が目に入る。節くれ立った指の先には几帳面に漆黒が彩られ、手入れが行き届いた末端に彼の美的感性を感じた。
——触れられたい。
滲み出た欲望に、思わずは喉を上下させる。溢れた本能に逆らえず、気が付けばは稲葉江の肩に身を預けていた。
情事のはじまりと同じ甘え方をしていると察した彼に逃げられまいと、「キスしなくていいから」とは早口で口を挟んだ。見上げた稲葉江の表情には微かに迷いが見える。は、もどかしい思いをしているのは自分だけでなければいいと思った。
「今日、ぎゅってして寝てほしい……」
粘膜接触禁止期間に入ってからは、どちらともなく距離を取り、並べた二人分の布団にきっちり収まって眠りについていた。少しでも触れればきっと、歯止めが利かなくなる。それが、互いに分かっていた。
すぐそばで寝息を立てる稲葉江の布団に潜り込みたいと思ったのも、一度や二度ではない。何度も押し殺すうちにその欲は強くなる一方で、はとうとう耐えられなくなってしまった。
「我を試す気か」
「試してるとかじゃないけど……。嫌? ダメだったら我慢する……」
に気弱に甘えられては、稲葉江は強く拒めない。それが分かっているは、自分がずるいことを言っていると分かった上で、稲葉江の袖を引いた。
「……好きにしろ」
稲葉江はしばらく間を置いた後、小さくため息を吐いて、諦めたように了承した。
「釘を刺しておくが——」
「キスはしないから。約束する」
「ならば良い」
稲葉江は腰を上げ、布団の間へと潜った。彼が掛布団の端を持ったままでいるのを、隣に招かれていると捉えたは、そろりと隙間に体を滑り込ませる。稲葉江の胴に身を寄せただけで、触れる体温と香りにその存在を強く感じ、思わずの頬が緩んだ。腰に乗せられた稲葉江の手の重みが安心感を与え、その温もりに導かれるまま、は微睡に身を委ねた。
五日目の夜。燻ぶる欲を抱えながらも、は自らを慰めることが出来なかった。稲葉江に体の変化を気取られたためである。
二日連続で火照った顔を晒せば、今度こそ誤魔化されてはくれない。ただの欲求不満を病扱いされて無駄な心配をかけるわけにはいかず、かといって事実を明らかにするのも避けたかった。
昨日の件もあって、稲葉江は布団の上で横になるなり「今日は入らんのか」と一人分の隙間を設けた。ぶっきらぼうな優しさには胸を高鳴らせながら、そこに遠慮がちに収まって、昨夜と同じく稲葉江に体を寄せる。同じような姿勢で横になっているにもかかわらず、昨夜のように穏やかな気持ちにはなれなかった。
重力に従って撓んだ襟の間から胸筋が覗き、僅かに汗ばんでいる。汗とはまた別の、肌の匂いが立ち香り、の鼻腔を掠めた。女であるよりも稲葉江の肌は白く、その下に通う血が透けるようだ。
はそこに頬をくっつけながら、粘膜同士じゃなきゃ触れてもいいのかな、と考えていた。
姿勢を整えるふりをして身動ぎをし、は胸板に唇を寄せる。薄く開いた唇から突き出した舌を這わせれば、の腰に添えられた稲葉江の手がぴくりと僅かに動いた。
「何をしている」
「ん、……舐めてるだけ」
「規則を忘れたわけではないだろうな」
「分かってるよ。だから最後までしないって」
規則というほど硬いものでもないのに、と生真面目な彼らしい言葉に、は内心微笑ましく思った。
彼女は胸元への口付けを続けながら、太腿で稲葉江の膝上を弄った。脚の間にぶら下がった物は、未だ硬度はないもののそれなりの質量があり、探し当てるのは容易だった。
太ももでそれを摩りつつ、の手は彼の襟を開いた。胸板から顔を離し、腹筋に手を這わせる。ちゅ、と音を立てて皮膚を吸えば、稲葉江が熱い息を吐いた気配がした。
「稲葉」
「…………」
「私のも、さわって」
は稲葉江の手を取り、そのまま自らの胸へと導いた。稲葉江のごつごつとした手の上からが手に力を込めると、胸の肉が柔らかく形を変える。太ももに触れたままのそれが反応するのがわかって、はぞくりと背筋が震えるのを感じた。
が求めたものを稲葉江は拒絶しなかった。それだけで雪崩れ込むように、一線は踏み越えられる。
「……っ、ふ、うぅ、ん、っ、あ……ッ」
「くっ……」
触れてはならぬ場所にさえ触れなければ、と理性を携えながらも、湧き上がる熱を抑える気は毛頭ない。ふたりは横になったまま、互いの手で性器を愛撫し合った。
閨事に及んでも主従が頭にあるのか、稲葉江は日頃奉仕されることを好まない。そんな彼が珍しく大人しく扱かれて、手中で質量と硬度を増すそれにの下腹部が熱をもった。
「あっ、あ、ッん、うぅっ、ん、っ」
しかしそちらに気を取られれば、稲葉江の指が不本意だとでも言いたげに敏感な突起を掠める。粘液を纏った指先が陰核を撫で、鋭い刺激が長くを襲った。思わず足を閉じれば咎めるように内腿を強く掴まれ、薄らに育ったの被虐心が疼いた。
「んっ、う、ッ……っ、ふ、……!」
「……ッ」
ふたり分の呼吸の合間に、粘液の音が混じる。稲葉江の亀頭の先に指の腹を添えると、先走りが滲んでいた。
拙い手つきで液体の滲む口に指の腹を彷徨わせると、どうやらこれが好いらしく、稲葉江が僅かに腰を引く。握った刀身はの指が回りきらぬ程怒張し、熱く硬く脈打つ様はの鞘に収まりたいと懇願しているようにも見えた。
「あっ、あ、……っ、ん、んぅッ、あ、んッ……う、ぅあ」
同じくしての膣内にも稲葉江の指が差し入れられる。浅いところを抉られ、声が抑えられなくなる。確かめるまでもなく下着は湿り切って、指を動かす度に愛液が溢れ出た。
「っふ、なか、きもちい、……っ、ん」
「手を止めろ、……っ」
「んっ、や、稲葉、いっしょにイきたい、……ッ、あ、ぁっ」
「く……ッ、はっ、……!」
先走りで滑りが良くなった刀身を、先ほどよりもは激しく扱いた。限界の近い稲葉江の荒い息が、の耳たぶに注がれる。その吐息の熱さによって高まった興奮が、の感度をより鋭いものにした。
「あっ、あ、ッ……! っ、い、イっちゃ……、んっ、ッ……〜〜ッッ!」
「っ、……! ふ、っ……」
達したが竿を握り込んでいると、稲葉江もまた腰を突き出し性器を震わせた。絶頂により白んだ視界とふわふわした思考の中で、液体が手を滑り落ちる感触に、「稲葉もイったんだ」とはぼんやりと思う。
は息を整えながら、しばらくの間脱力し、横になっていた。すると隣の稲葉江はすぐに寝衣の前を整えて、腰を上げる。が視線で彼の背を追いながら精液塗れになった手を閉じたり開いたりしていると、戻ってきた稲葉江は持ってきた塵紙でそれを拭った。
「べたべたする……」
「止めろと言ったのに聞かんからだ」
冷静にと自身の身を清める稲葉江の表情には、苦悩が見えた。欲に流され誘いに乗ったことを悔やんでいるのか、の手を汚したことに罪悪感を抱いているのか——もしくは、そのふたつに興奮を覚えたこと自体に思うところがあるのか。
一方で、は満足に触れ合えないからこその限られた快感に、新たな扉を開く気配を感じていた。
一夜明け、また日が暮れて。
昨夜の手淫ですっかり味をしめたは、稲葉江が布団に入って早々に彼の腹に乗り上げた。鍛え上げられた体は、一人が跨ってもびくともしない。しかし稲葉江はの体を退けずとも、表情で抗議の意を訴えた。
「昨日は乗ったが、今日はそうはいかん」
「なんで? ……気持ち良くなかった?」
「検査は明日だ。体に障る」
「そうだけど……」
稲葉江の言葉通り、明日は健康診断当日だ。は厨当番に頼んで夕食の時間を早め、規定の時刻からは水以外を口にしていない。自身も承知の上だが、それでも持て余した欲を抱えたままでは眠れそうになかった。
寝衣の上から後ろ手に陰茎の位置を探ると、稲葉江が顔を背ける。その反応がなんだかいじらしく見えて、の胸にぞくりと良くない感情が湧き上がった。
「どうしてもだめ?」
自分の喉からこんな甘えた声が出るのか、とは驚いた。手で下半身を弄り、言葉でも稲葉江を煽る。
「なにを言っても聞く気はなさそうだが」
「えへ、分かってるんだ」
寝衣越しに股座を擦っていると、むくむくとそこが熱を持ち、膨れ上がっていくのが分かる。眉間に皺を寄せた険しい顔で睨んでも、自分にこうして跨られて刺激されると興奮してしまうのだと思うと、は堪らない気持ちになった。
の体は未だどこも触れられていない。にも拘らず、稲葉江の痴態を見ているだけで高まってしまい、下着が湿っていくのが分かった。無意識に腰を揺らしてしまいそうになって、は腰を浮かせて稲葉江の腹から降りると、自分の寝衣のボトムに手をかけ、脱ぎ捨てる。トップスの裾に隠れてはいるものの、の下半身を守るものは、湿り気を帯びた下着一枚だけになってしまった。
「稲葉、脱がしてもいい?」
「…………」
「脱がすね」
主従関係が下地にあるとはいえ、稲葉江はそれを理由に自己主張を飲み込む男ではない。意にそぐわない当番を命じれば、必ず文句を漏らす性質だ。そんな彼がろくに抵抗もせず受け入れているということは、つまりは了承の意だとは捉えた。
は寝衣の前を開けさせて、下穿きから少し膨らんで窮屈そうなそれを取り出した。重力でくたっと倒れていた刀身は、が扱くと硬くなって、次第にビキビキと勃ち上がる。その様子を見ているだけで、の女の部分が疼いて、膣内に切なく力が籠った。
「稲葉……」
は布団の上に投げ出されていた彼の腕を取り、自分の恥部に当てがった。指先が触れただけでぴくりと震えたそこを、稲葉江の指が自らの意思を持って撫で上げる。くち、と水音が立ち、の顔がかっと熱くなった。
「触れる前からこうも濡らすか」
「……だって」
「淫らだな」
稲葉江の指はそこに当てられたままこれ以上動かず、は擦り付けるようにゆるゆると腰を揺らした。鍛錬によって皮膚は厚くなり、節の太い指はのものと感触が違って、それだけで自分で触れる以上の快感が迫り上がる。
「んっ、ん、ぅ……」
手で稲葉江の物を握り込んで扱きながら、自慰とほとんど変わらぬ行為に溺れる姿は、側から見れば滑稽そのものだろう。それでも抑圧された欲望は快感を求めて収まらず、貪ることをやめられない。
「っ、稲葉……ッ」
合間に彼の名を呼ぶと露骨に反応するのが嬉しくて、愛おしさから口付けたくなってしまう。しかしそれは退けられると分かっていたから、は微弱な刺激で自身を慰めるしか出来なかった。
「……こうも縋られては哀れみが勝るか」
「あ、あっ……な、なに、」
「横になれ」
上体を起こした稲葉江に導かれるまま、は仰向けに寝転がされた。太ももを持ち上げられ、正常位で挿入を待つのと同じ姿勢になる。それだけでの奥は、求めたモノを与えて貰えるかもしれないという期待でじゅくじゅくと疼いて、愛液を零した。下着が吸い切らなかった液体が尻に伝っていくのを感じながら、は熱っぽい吐息を漏らした。
「あ……入れちゃダメなんじゃ」
「このままでは収まらんだろう、ここも、我も——」
「……ッあ、!?」
勃ちあがった竿がの恥丘に宛がわれたかと思うと、その切先が下着越しに膨らんだ陰核を掠めた。愛液と先走りのせいで滑りは十分で、稲葉江は奥を穿つ律動と同じ動きでの溝に沿って擦り付ける。
「あっ、あ、やッ、ああっ、あ、あっっ、う」
「く、よく滑る……ッ」
「ま、ッ……まって、はげし、んんぅっっ、あっ、」
「……ッ、は、……!」
散々焦らされ高められた欲望が着火剤となったのだろう。日頃、過ぎるほどに丁寧にを抱く稲葉江が、遠慮なしにそこを突き上げるように刺激する。奥や腹の仲を傷つける心配がないが故の乱暴な手つきが、ふたりをただの雌と雄にした。
挿入と同じ姿勢で敏感な突起だけを執拗に攻められるその違和感と、禁忌の際に迫ってまで快感を追う背徳感に、は脳が焼き切れそうだった。奥を犯された時のような深い絶頂にこそ至れないものの、小さな絶頂が断続的に続いて、彼女は幾度も気をやった。
「イっちゃ、……イく、いくっっ……っ、……!」
「は、……好きに、……気をやれ、……っ」
「んんんぅ、あっ、あ、……ッ、! イっ……やぁっ、あっ、止まっ……、ああっ!」
陰核の刺激でが達しても稲葉江は腰を止めず、びくびく震えるそこが快感を増長させると言わんばかりに激しい動きを続ける。達した側から新たな快感を与えられ、また絶頂し——それを繰り返して、快楽の檻に閉じ込められたように逃れられない。
何度も何度も絶頂に押し上げられ、思考の隙を与えぬほどにすべてを快感で塗りつぶされた頭には、もう明日の検査のことなど残っていなかった。なぜ奥の、一番気持ちいいところにくれないんだろう? なんて考えながら、は揺さぶられ、また気をやってしまう。
稲葉江の方は下着越しの刺激では達せていないようで、ばかりが気を失いそうになるほどの快感の波にかき乱されていた。すると不意に、稲葉江の手がの両ひざの裏を掴み上げた。足を揃えられ、ぴたりと内股同士をくっ付け合って、隙間を無くしてしまう。その付け根には稲葉江の男根が挟まったままだ。肉の合間を穿つように、彼は再び律動を始めた。
いわゆる素股だった。ふわふわした意識の中、が内腿に力をこめると稲葉江の眉が歪んだのが目に入る。たったひとりならば禁欲など造作もないだろうに、そんな忍耐強い彼が自分に煽られただけで欲に溺れ、ここまでかき乱されている様には興奮を覚えた。はらりと顔に落ちた髪を稲葉江の手が掻き上げ、汗が散る。互いに着衣は最小限にしか乱しておらず、いつも以上に汗をかいていた。
「く、……出す、……ッ」
「あっ、っ、……!」
一際激しい動きを経て、稲葉江はの足の間で射精した。吐き出された精液は腹の上だけでなく、捲れ上がったの寝衣のトップスまで汚している。日頃大層丁寧に彼女を抱く稲葉江は、の身体に精液を掛けるような不届な真似をしたことがない。彼女は彼に汚されたような気持ちになって、倒錯的な興奮を覚えた。
「……こうも溺れるとはな」
事後、稲葉江がひとり、ぽつりと自嘲するように吐き出す。吐精後、冷静になった彼は、無体を強いるわけにはいかないタイミングに挿入こそしなかったものの、欲のままにの体を乱暴に揺さぶったことを悔いているらしい。額を手のひらで抑えてため息を付くと、絡まった髪を解くように頭を掻いた。その仕草があまりに色っぽくて、稲葉江の自省などまるで他人事のように、は欲情を覚えた。
「始末は我がしておく。もう休め」
額に汗で貼り付いた髪を指先で避けられ、はその手にすりと頭を寄せた。稲葉江の大きな手が不慣れな手つきで髪を撫で、はその心地良さと疲労感に瞼を閉じる。いつもならば口付けのひとつでも落ちてくるところだが、疑似行為に溺れてもその線引きははっきりしているらしい。稲葉江は、手のひら以外で触れてはこなかった。
微睡の中、「明日は覚悟しておけ」と聞こえた気がして、は曖昧な意識で拳を握り込んだ。
半日がかりの検査を終えた後、は彼女専用の風呂で身を清め、稲葉江を待った。眠りの狭間で耳にした言葉が聞き間違いでないならば、稲葉江はきっとそのつもりでやってくる。これまで何度も体を重ねたにもかかわらず、まるで初夜を控えた時のような緊張が、を包んでいた。
「入るぞ」
部屋へやってきた稲葉江は、湯浴みをしたばかりらしい。の部屋を訪ねるときは、大抵髪も乾かし終えて手入れも十分に済ませた後だが、湯上がりを悟らせるほどに少しだけ湿り気を帯びた髪に、彼も禁欲が明ける日を待っていたのだと思うと胸が高鳴った。
「稲葉、」
が浴衣の袖を引くと、稲葉江は彼女を抱き寄せて噛み付くようなキスをした。いつもの壊れ物に触れるような口付けとは対象的な衝動に任せた動きに、はくらりとする。身長の差が大きいが故に立ったままの口付けは互いに無理な姿勢を強いられて、は稲葉江に腰を支えられる形で、つま先だけを床につけた不安定な状態で舌を絡めた。
口付けだけで陰は湿って、布団の上に重なって横になる頃には期待でぐっしょりと濡れていた。稲葉江も同様であるらしく、覆い被さった彼のそれが固くなっていることが、太ももに触れた感触で分かる。早く深く繋がりたいと思いながらも、一週間ぶりの口付けはこの上ない甘美のように感じられ、夢中になって先へ進めなかった。
無意識に互いの衣類越しに陰部を擦り付け合いながら口付けに熱中した後、稲葉江の唇はようやくから離れた。微かな照明に照らされた稲葉江の唇は唾液で濡れて、日頃横一文字にきつく結ばれたそれが薄ら開いている様すら淫らに見える。「脱がすぞ」と言葉と同時に寝衣のボトムに手をかけられ、は腰を浮かせた。
下着ごと脱がされて、外気に触れたそこがひやりとする。この日の前戯は、とりわけ性急だった。日頃胸と陰部を丁寧に触れて十分にそこを濡らしてから中へと指を突き入れる稲葉江だが、互いにこの時を待ち切れず、指が二本容易く入ったのを確認すると、すぐに先端を濡れそぼる膣口へと宛てがった。
「挿れるぞ、……」
「う、っん、ん……うぅっ」
膣肉が割り拓かれ、稲葉江の長大なものが中へと入ってくる。はたまらず彼の背中に回した手に力を込めた。一週間ぶりの挿入だというのに痛みはなく、ただただ充足感に包まれる。奥に辿り着くまでの時間すらもどかしかった。
「稲葉、いなば……」
「っ、は……ああ、」
が名を呼んで彼の方へ顔を向ければ、稲葉江は心得たと唇を重ねる。唇が触れ合うだけで甘く感じるのは、これが刀剣男士の気というものだろうか? とは思った。
下も上も心ゆくまで絡め合えば、激しい動きなどなくとも快感が迫り上がってくる。この時ばかりは、達してしまうのが勿体無いと思うほどの幸福感がふたりを満たした。
を気遣って二度目以降を滅多に求めない稲葉江だが、この日は三度目の吐精を終えても尚まだ事を終わらせる気は無いようだった。
最初こそ好き勝手触れ合える満足感に頭を灼かれていただが、次第にこの房事を楽しむ余裕が出てきて、「稲葉って何回できるんだろ」とふと思う。長い時間をかけ、何度も体位を変え、四度目が終わった後、稲葉江はさすがにこれ以上を求めなかったが、今度はがせがんだ。
五度目、少し休んでから六度目……と、そうしているうちに引き際を見失い、互いの体力が尽きるまで愛し合っているうち、窓の外は明るくなり始めた。
「再検査ですね」
「う、うそっ」
「刀剣男士の気が多量検測されています。、深い接触は禁じていたはずですが……心当たりは?」
健康診断の日から一ヶ月後。は管狐が持ってきた結果と彼の言葉に、強いショックを受けた。封を切った検査結果の用紙には、こちらを脅かすような赤い大文字で『再検査』と印字されている。紙面と目の距離を変えて何度も眺め直したが、その文字は当然ながら、変化することはなかった。
「粘膜接触はダメって言われたからしてないのに!」
「……まさかとは思いますが、言葉通り粘膜さえ触れ合わなければ、とお考えですか?」
「えっ、違うの?」
がきょとんとしていると、運良く——もしくは悪く、稲葉江がの部屋を訪ねた。開け放たれた扉から顔を覗かせた稲葉江は、管狐とが相対している様子を目にし、「先客か。出直そう」と引っ込もうとする。それを管狐が、「お待ちください」と呼び止めた。
は「まずい」と背中に冷や汗をかく。の手にした書類と場の空気から、ある程度何を言われるか、彼は予想がついているようだった。
「検査結果が出たのか」
「はい。審神者殿は再検査となりました」
管狐の言葉に、稲葉江の視線がへと向けられる。言われた通り禁忌は犯さなかったはずだが、とでも言いたげな表情だ。
確かに、「粘膜同士でなければ」と先に手を出したのはだ。聞いていた話と違うと咎められれば、縋る当ては無かった。
「稲葉江、この結果に心当たりは? ここで無いと答えられれば、別の修羅場になると思うのですが……」
「な、何言ってるの! 稲葉以外しないもん!」
「つまりは稲葉江との間に心当たりがあると。承知しました」
「あっ」
慌てるあまり、は思わず口を滑らせる。稲葉江は眉間に皺を寄せ、墓穴を掘った彼女に形容し難いまなざしを送った。
管狐は帳面になにかをさらさらと書き留めると、咳払いをひとつしてから「審神者殿」と、如何にもこれから説教をしますよ、というトーンで呼びかける。は硬直し、「ハイ」と裏返った声で返事をすることしか出来なかった。
その後は、管狐から長々と——粘膜接触禁止とは奥ゆかしい言い回しであり、ただ触れさえしなければOKの縛りプレイではないのだということを説き伏せられた。は真っ赤になりながらそれを聞き、再検査前は稲葉江に一切触れぬように、と厳しく言われ、はまた禁欲の日々を過ごすことになるのだった。
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