沈みゆく最中、燃えるように輝く夕日を遮るケンタロスの群れをは見つめていた。 丸い頬は橙に染められながら、咀嚼のための動きを繰り返している。長いまつげが影を作るその視線はどこか物憂げであるのに、口の周りにはべたべたとソースがついていた。あまりにもアンバランスな様だ。 ピクニック用の椅子から足を投げ出して小さく揺らす姿はあんまりにも間抜けで、しかし本人はそれを気にも留めず、ペパーお手製のサンドイッチを舌で堪能している。 そんなあどけない横顔をまじまじと観察していたペパーは、やや置いてから彼女に「口」と声をかけた。 「汚しすぎだろ! ほら、これで拭け!」 「わ、本当だ。ありがとう」 ペパーの方を振り返ったの顔は、それはひどいものだった。ペパーは吹き出しそうになるのをこらえながら紙ナプキンをに手渡す。 スマホロトムの画面で顔を見ながら口を拭う姿は、実年齢よりもずっと幼く見えた。元より童顔で、体格も小柄な彼女だ。傍からすれば、兄が年の離れた妹の世話を焼いてやっているように見えたかもしれない。 を見てそんな風に思う度、ペパーは不思議な気持ちを抱く。目の前にいる彼女はあまりにもあどけないのに、瞼を閉じて思い出す彼女の姿は、いつだって凛々しい。 草木生い茂る森も、真っ白な雪山も、一歩足を踏み外せば落下しかねない断崖絶壁ですらコライドンにまたがって駆けていき、自分の何十倍もある大きなヌシポケモン相手に物怖じせず立ち向かう。そんな、小さな体に見合わぬ立派な姿に尊敬の念を抱いても、それを壊すようにまた、こうして子供のようにむしゃむしゃとサンドイッチを頬張ってみせるのだ。 口数は少ないがそれを補ってあまりあるほどに表情豊かで、お人好しでどんな頼みも安請け合いしてしまう。かと思えば無理難題であろうと答えてみせて、楽しそうに笑っている。 ペパーにとっては、恩人でありながら大切な[[rb:友達 > ダチ]]で、それでいて掴めない存在だった。 ペパーは食材の調達に、は校長に頼まれた野暮用を済ませるために立ち寄った街で、二人は偶然鉢合わせた。 ひでんスパイス探しの旅をしていた頃は度々連絡を取り合っていたが、エリアゼロでの一件以降、会う機会をめっきり失ってしまっていた。 ペパーはすっかり調子を取り戻したマフィティフと過ごしていたし、はポケモンリーグから頼まれごとを受けて忙しくしていて、アカデミーへはあまり戻らない。ネモが半ば無理矢理取り付けた学校最強大会にトップ・オモダカを引っ張り出すという目的のために、各地を奔走しているようだ。 会うなり腹ごしらえをしに行くと言い出したの肩を引っ掴んで、ペパーは町外れのピクニックにうってつけの草原へと彼女を連れて行った。無論、自慢の料理を振る舞うためだ。 久しぶりに会う親友と語らうなら他人のいない場所がいいし、そこらの店の料理なんかよりも美味いサンドイッチを食わせる自信がある。そんな考えあっての行動であった。 おやつにしては遅く、ディナーにしては少し早い時間だが、朝食を少し食べて以来ほとんど何も口にしていないというに合わせて、食卓は少しばかり豪華なものになった。 ペパーとは体格こそ大きな差はあれど、恐ろしいことに胃袋のサイズはあまり違いがない。これは何度も食事を共にして分かってきたことだ。ペパーと同じ量を食べてもまだまだ足りぬ、という様子の彼女を見て「とんだ腹ペコちゃんだな」と漏らしたのはずいぶん前の話である。 二人のコミュニケーションで、口を開くのは主にペパーの仕事だ。彼はアカデミーであったことだとか、マフィティフの最近の様子だとか、料理の話だとか、本格的に単位がヤバい話だとかをに聞かせた。 は口数こそ多くないが、表情豊かでリアクションが大きい。きっと誰もが語りたくなるような大冒険をしているはずなのに、尋ねられなければ語らずじっと他人の話を聞いている。 ペパーはそんな彼女を――気に入っていた。 大袈裟に友情をひけらかすのを恥じないほどの真っ直ぐな感情だった。過ごした時間は短くとも乗り越えた苦難は大きく、共に濃厚な経験をしてきた。家族からの愛情に飢え、身近で心を開ける存在がマフィティフくらいしかいなかったペパーにとって、はもはや唯一無二の存在となっていた。 二人はサンドイッチが食べ終わった頃には、もう日が山の影に沈みかけていた。 空を見上げれば夜が追いかけてくるように空の色が群青へと変わっていく。気づけば、周囲の野生のポケモンの顔ぶれも違ったものになっていた。 「それで、オマエの方はどうなんだ? まーたどうせ行った先でいろんなヤツから頼まれごとして、走り回ってるんだろ」 「うーん、否定はできない……」 「ったく。なんでもイエスちゃんも程々にしろよ」 「あはは、そうだね」 ピクニックセットの後片付けを済ませると、はあたりを走り回らせていたポケモンたちをモンスターボールへとひっこめた。ペパーも同じく、マフィティフをボールへと戻す。 コロボーシの鳴き声が聞こえ始めて、本格的に夜を感じる時間となった。 草を撫でて寝かせるように風が吹いて、ペパーの視界が乱れた髪で遮られる。その隙間に見えたが、どこか寂し気な表情を見せたのを彼は見逃さなかった。 「オマエ、なんかあったのかよ?」 「えっ?」 「ヘンな顔だぜ。ピーピー泣いてるルリリみてーだ」 「そんな情けない顔してないと思うけど……」 は話を誤魔化すように愛想笑いを浮かべたが、ペパーの顔を見てすぐに視線を伏せた。 彼女らしくない表情を茶化しても、彼の心配は心からのものであるとすぐに理解したのだ。ペパーは後頭部を掻いて少し考えたあと、口下手な彼女を促すように言葉をつづけた。 「別に言いたくねえこと言えってんじゃないぜ。オレだって……最初はヒミツばっかりだったしな。でもには散々世話になっただろ。それなのにヘンだって気づいててほっとけってのは無理ちゃんって話だぜ」 「ペパー……」 とペパーはリュックを背負うと、電灯輝くポケモンセンターの方へ歩き始めた。がすぐそこの町で一泊することを既に聞いていたので、ペパーは送ってやるつもりだった。 その道中で、はぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。 「コライドンが力を取り戻して、スター団のこともひと段落ついて、チャンピオンランクになって……それからエリアゼロへ行って。できることがたくさん増えたんだ。旅を始めた時には想像もできないくらい。いろんなところに行って、いろんなポケモンに出会って、いろんな体験をして。大変だったこともあるけど全部楽しかったし、宝探しってこういうことだったのかな、って自分の中でも何かみつけられそうだったの」 草木を踏み分ける音とポケモンの鳴き声に交じって、が小さく紡ぐ言葉にペパーは耳を傾けた。 「でも、それって全部、誰かに頼まれたことばっかりでしょ。それが悪いとも思わないし誰かの力になれるならなりたい。だけどたまに、自分でやりたいことがあるって……一本通った筋みたいなのがあるのって、いいなって思うんだ」 の旅を見届けてきたペパーには、すぐに彼女の言わんとすることが理解できた。 ペパーとのひでんスパイス探しの旅こそ、彼女の言う頼まれごとそのものだ。結果的にコライドンの力を取り戻すことになったとはいえ、元はといえばペパーがマフィティフのために始めて、彼女を付き合わせたものである。 ひでんスパイス探しの旅は、の存在なくては成し遂げられないものだったとペパーははっきり断言できる。人の良さを冗談交じりに揶揄したことこそあれど、そんなに心から感謝しているのだ。それを彼女が気に病んでいただなんて、ペパーは考えもしなかった。 「別にそんなの気にすることじゃねーだろ! 誰かに頼まれただとか、キッカケはなんだって。オマエは自由に好きにやってて、困ってるヤツをほっとけない性格ってだけだ!」 「うん……。そう、なんだけど」 ペパーの思うことを伝えて、それでもなお歯切れの悪いにペパーは足を止めて腕を組んだ。 「自分が変わっていくのが怖い、って言うと大袈裟なんだけど……。なんだろう。今、私ちょっとヘンだね」 の表情は深刻な悩みを抱えているというよりは、困惑しているという様子だった。現状に納得しながらも、彼女に追いつこうとする不安から逃れる術を模索しているような複雑な表情だ。 共に旅をした仲とはいえ、ペパーとでは背負っているものが違う。 彼女がチャンピオンランクへと上がった後、あっという間にその名はパルデア中に広がった。ポケモンリーグが注目しているということもあって、彼女の存在を気に掛ける者は多い。 さらに加えてスター団の一件もあり、特にアカデミー内では誰もが知る存在だ。まさしく有名人である。 同じチャンピオンランクのネモなら何か理解できるのだろうか――そう考えて、ペパーはそれを頭の中で否定する。彼女に相談したところで、「そっか……。じゃあ悩みが吹き飛ぶくらい、思いっきりバトルしよっ!」と言われてポケモンバトルの流れに持ち込まれることがあまりにも容易に想像できてしまったからだった。 「ごめん、変なこと言っちゃった。気にしないで」 「いや……。オレも力になれなくて悪い。でもオレはのこと、すげーヤツだって思ってる! マフィティフのことも……母ちゃんのことも。メチャメチャ感謝してる。だから、なんかあったら頼れよ。オレたち[[rb:友達 > ダチ]]だろ!」 「うん、ありがとう」 の話はそれで終いになって、その後話題に上ることはなかった。彼女があの時のような表情を見せることはもうなく、らしくない話をした気恥ずかしさからか、口数が普段より増えていた。 ペパーに教わったレシピでサンドイッチを作ってみたところ、味は良くとも見栄えがあまりにも凄惨だったとか、それを見たマスカーニャが宇宙を背景にしたニャースの画像みたいな顔をしていたとか、そんな話を一生懸命している。ペパーはそれに耳を傾けながらも、内心気持ちは別の場所にあるのを自覚していた。 [[rb:友達 > ダチ]]で恩人で、〝気に入っている〟の彼女の力になりたい。そんな決意が、小さく胸に灯っていた。 ぺパーがとピクニックをしてからしばらく、二人は話をする機会を得られなかった。会わずとも、彼女が多忙であることはいやというほどに伝わってくる。学校最強大会の準備が整いつつあること、メディアや人伝手に彼女の姿を目にしたり話を聞く機会がぐっと増えたことがその証拠だった。 アカデミー内やテーブルタウンでは、それがより顕著だった。不良集団であるスター団を壊滅させただけでなく更生させ手下とした――とまで尾ひれがついて半ば学生の間では英雄扱いされている。近くで彼女の戦いを見てきた元スター団の学生が学校へ戻っているせいもあるのだろう。 雑誌を開けば「次世代を担う期待の新人チャンピオン」と見出しが躍り、見慣れた顔がぎこちなく笑っていた。同世代のトレーナー人気が高いからかトレーナー向け商品の広告にも起用されているらしく、ハッコウシティの電光掲示板にでかでかと映し出されたその姿を見たときには、チャンピオン級ってのはここまで盛り上げられるモンなのかと妙な気持ちになった。 別の地方ではチャンピオンやジムリーダーが芸能人ばりにメディアに取り上げられていると聞く。トレーナーのランク分類として取り扱うパルデアでは、メディア露出は本人の職業による差が大きい。ナンジャモやライム、リップがその最たる例だ。 が進んでこういった仕事を取りに行くとも思えないから、また旅の過程で誘われて断れずにいるのだろうと想像がついた。 ――そこでようやく、ペパーは気づいたのである。彼女の抱いていた不安だとか焦燥感の形が、群衆の姿をしていることに。 身近な人物が遠ざかっていくのを、ペパーは身に染みて知っていた。母親は自ら進んで身を粉にして研究に精を出した結果であるが、は違う。 自由に旅をしていただけで周囲から見た自分の存在がどんどん大きくなっていくというのは、どういう気持ちなのだろう。ペパーには想像がつかなかった。 彼女はただのお人好しで、困った人を放っておけなくて、食べることが好きでサンドイッチ作りがヘタクソで、ポケモンが大好きなだけの少女だ。巷で語られる栄光や実績はもちろん彼女の実力によるものだが、本人の実像からは程遠い。 ペパーは無性に、に会いたくなった。 [newpage] それからの行動は、早いものだった。スマホロトムで電話をかけると、彼女はナッペ山にいるという。昼にグルーシャと会う用があるから、そのあとなら空いているというので「そのまま空けとけ」とペパーは強い口調で言った。 リュックにありったけの食材を詰めて、山登りの支度をし、相棒を伴って寮を飛び出す。空を飛ぶタクシーはどこでも行けるとはいえ、天候によってはナッペ山山頂までは断られることもある。結局ぺパーは中腹まで空を飛ぶタクシーを使って、その先は自分の足で登ることになった。 山の天気は変わりやすいとよく言われるが、登山を始めてすぐにちらついていた雪は今や姿を見せなくなっていた。ペパーにとっては好都合この上ない。クレベースやカチコールの表面が太陽の光を反射してちらちらと光っていた。 ペパーがナッペ山ジムに到着したのは、二時を過ぎた頃だった。グルーシャに尋ねればは今出たばかりだというので、追うようにして再び雪山を駆ける。 見渡す限りの白の中、朱色の制服を見つけるのはそう難しいことではなかった。遠くに小さくその姿が見えると、ペパーはポケットの中のスマホロトムを手に取ろうとして、やめた。 深く息を吸い込むと、ペパーの肺がすっと冷えた。 「ーーーーーーーーッッ!!」 大声は雪山を揺らし、どこかで木から雪が滑り落ちる音が聞こえた。豆粒のように見えるが、ペパーのほうを振り返る。彼は全速力で、彼女のもとへと駆けた。 姿が見える距離とはいえ、山である。ペパーがのもとへ辿り着いた頃には、彼は肩で息をしていた。腕をついた膝がガクガク震えているし、途中ほとんど転がるような形になったので、肩に雪がついている。 はわざわざ大声で呼び止めてまで走ってきたペパーが面白くてたまらず、ケラケラ笑い声をあげながら彼の体についた雪を払った。 「急に連絡してきたから、びっくりした。どうしたの?」 「どう、したって、ハーッ、オマエ、ッ、……ハー、ッ、ゲホッ、オマエが……」 「落ち着いて、どっか座ろうよ」 「誰の、ッせいで……ハーッ」 「っくく、だめだ。おもしろすぎる……」 息も絶え絶え、といった様子のペパーの肩をさすりながら、はペパーを近くの洞窟へと誘導した。 旅をしているだけあって、こういった休憩できる場所には詳しいのだろう。洞窟の中は適度な広さで、座るのにちょうどいいサイズの岩がある。風が遮られて暖かく、奥へ進むと崖があって、その下には野生のポケモンが暮らしていた。 のカエンジシの手伝いで焚火の用意をし、二人はそれを囲んだ。氷のように冷えた指先が温まる頃には、ペパーの息も整っていた。 「はーッ、死ぬかと思った……」 「よかった。っふふ」 「オイ! 笑いすぎだろ!」 「ごめんって、だってほんとに、雪玉みたいに転がってきて」 は未だに、駆けてきたペパーの様子が面白くてたまらないようだった。ペパーは不貞腐れて、マフィティフをボールから出す。寒いのかペパーの足に寄り添ってきたので、毛を撫でてやった。 「それで、何の用だったの?」 がペパーの顔を覗き込んで尋ねた。 彼女の丸い瞳は、暗闇の中でも不思議と輝いて見える。人を疑うことを知らないような、まっすぐな瞳だ。 顔のパーツが丸っこいから子供のように見えるのに、彼女の背にはいくつもの肩書と期待が乗っかっている。どんなに強くたって立派に見えたって、やはりペパーには年下の女の子にしか見えなかった。 「あー……」 ペパーは言葉に詰まって、逃げるようにマフィティフに視線をやった。長い付き合いの相棒はそれを察したのか、しっかりしろと言わんばかりに小さく吠える。 言いたいことはあるのに、伝えなくてはいけないことがあるのに、彼女を目の前にすると気恥ずかしくて行動に移せずにいた。 しばらく会うことのなかった相手なのだから、彼女が暇ではないことはよく理解している。こうして再び会って二人きりで話す機会を作ろうとしても、少し先の話になってしまうだろう。 「……なあ」 ペパーがようやく口火を切った瞬間だった。 洞窟に獣のうなり声のような音が響く。マフィティフが顔を上げ、ペパーもそちらに視線をやった。音の主であるは――恥ずかしそうに俯いた。 「タイミング悪くてごめん。あのさ……よかったら、ペパーのサンドイッチ食べたい。食べながら話してもいいかな」 「腹減ってんならそれを先に言え!」 「笑ったらお腹すいちゃったんだって」 「オマエな……」 一瞬にして緩和した空気のなか、ペパーは立ち上がって服の袖を捲った。リュックの中から調理セットを取り出し、ピクニックセットを広げる元より、彼女に食わせるつもりでここまで支度をしてきていた。 ペパーが手際良く料理を終えると、きらきらした眼差しのがゴンベよろしくよだれをたらして待っていた。いつの間にか勝手にボールから出たコライドンも、すんすんと鼻を鳴らしている。 「お待ちどうさん! オレ特製スペシャルサンドだ!」 「ペパーさすが!いただきます!」 「グアァ!」 「はぁ、ちゃんとオマエの分も用意してあるって。ほら、マフィティフも」 「バフッ」 ペパーはの隣に腰を下ろして、彼もサンドイッチを食べ始めた。 体が温まるように、辛いソースと肉具材を多く使ったボリュームのあるサンドイッチだ。は端から具材を落としそうな勢いで豪快にかぶりついている。作る側としてはこれ以上ありがたいこともないくらい、見事な食べっぷりだった。 こうして洞窟でサンドイッチを食べていると、ペパーはスパイス探しの旅を思い出す。 スカーレットブックの信ぴょう性の薄い記述だけを信じて駆け回っていた頃がもはや懐かしい。あの頃は夢だと思っていたことが、いま現実に起こっている。マフィティフが元気に立ち上がって、つぶらな目を見開いて、バトルさえ出来るようになって。しかしは出会った頃と変わらぬ様子で笑っていて。 ペパーは自身の胸に、何か温かいものがこみ上げてくるのを感じた。ずっと胸に抱えていた寂しさが解けるような、不思議な感情だった。 「ペパー、どうしたの?」 黙り込んで食事の手を止めていたペパーに、が不思議そうに声をかけた。 「なにかあった?」 「ん?」 「なんか、静かだから」 心配そうに眉を下げながら、言葉の合間に口にサンドイッチを運ぶのが彼女らしいと、ペパーは思う。 彼はひとり懐かしさに浸っていたことを話すのが気恥ずかしく、口を噤んだ。それから、ここへやってきた当初の目的を思い出す。 以前草原でサンドイッチを食べてから、もう結構な時が経っている。あの日漏らしたのはちょっとした悩みで、さっぱりした彼女だからもう今では気にかけていないのかもしれない。 それでもあんな顔をさせる悩みがあることをペパーは看過できなかったし、今伝えねば後悔する気がしていた。 大切な存在がいなくなってしまう寂しさと恐ろしさを、ペパーはよく知っている。同じ経験は二度と御免だが、だからこそ今目の前にいる彼女の力になってやりたいと思った。 否、彼女のために、などと立派な思いではない。ぺパーがペパーのために、彼女の力になりたいのだ。 「……あのな、前の話なんだけどよ」 「?」 雪山の洞窟は、妙に静かだった。は緊張感もなく、口いっぱいにサンドイッチを頬ばっている。 「オマエは自分が変わっていくみたいで怖いって言ってたけど、オレからすれば何も変わってない」 「ほふはは」 「そういうとこだよ」 急に以前の話を掘り返したペパーを、は不思議そうに見つめ返した。ようやくサンドイッチから口を話して、彼の話を聞く姿勢をとる。 「確かにオマエはアカデミーにもポケモンリーグ界にも期待されてる。そんだけスゴいことをやってのけたしな。外には知られてないけど……エリアゼロの件だって。町に出れば次世代を担うチャンピオンクラスだとか言われるし、リーグの連中からも声がかかってんだろ」 言葉を選びながら、冷え切った指先を擦り合わせる。本当に思っていることを伝える難しさを、ペパーはこの時初めて知った。 「けどな、オレからすればはずーっとのままだ! オレがせっかく作ってやったサンドイッチをコライドンにあげちまうし、今だって口にソースついてるし、食べ方は子供みたいだし」 「えっ」 「だからさ、世間がどういう風にを見てても……。オマエは困ってるやつを見たらほっとけないってだけだろ。今までそうやってしたいことして来たんだから、それでいい」 がうっすら唇を開いて、ペパーを見つめている。彼はとうとうその視線に耐えられなくなったのか、地面に目を向けて――それから意を決したように、顔を上げた。 「それでもオマエがまだ、怖いって言うなら……。約束する。オレだけは変わらずオマエのこと見ててやる。……っていうか、そんな顔で食ってるの見たら、そうなるだろ」 「顔?」 サンドイッチを食べるときのあどけない顔。これ以上ないくらい幸せそうに笑う姿を見ているのは、ペパーにとって心地の良いものだった。 彼女のニャオハがマスカーニャになってもそれは変わらない。叶うならずっと、こうして食べさせてやりたいと思う。自分一人のために作るより、相棒や[[rb:友達 > ダチ]]のために作って一緒に食べる料理のほうがずっと美味しいことを、ペパーはもうよく知っている。 「あっ、そうだ口! またついてるって」 「あぁそうだよ。口の周り真っ赤っかちゃんだぜ」 「うわ恥ずかしい!」 途端に慌てだしたを前にペパーは言葉を胸にしまって、彼女を揶揄った。に紙ナプキンを渡してやって、さっきの仕返しと言わんばかりに笑う。 「そもそも有名人だってなら、鏡くらい持ち歩いたらどうだよ。あんなデカい広告に出てるヤツとは思えないな」 「うっ……あれ、見たの!?」 ペパーの言葉には口だけでなく顔まで真っ赤にして、唇を震わせた。ハッコウジムの広告のことだと、すぐに気付いたのだろう。本人もガラではないと思っていたらしく恥ずかしくてたまらなかったのか、彼女は両手で顔を覆った。 「リップさんに頼まれて、どーしてもって……」 「一瞬誰かわかんなかったぜ! 化粧ってあんな変わるモンなんだなー!」 「もうやめてよーっ!」 が羞恥を堪えきれずペパーの腕を軽く叩くので、彼は腹を抱えて笑った。何か楽しいことをしていると勘違いしたコライドンがに頭を摺り寄せて、マフィティフもペパーの足元へやってくる。二人と二体でもみくちゃになって、洞窟には笑い声が響いた。 まだ顔を赤くしているが、ペパーを見上げる。ペパーは丸っこい目を覗き込んで、それから口の端についた赤いソースを親指で拭い取った。