Sink

恋人ごっこ(だったとして)

 某日、獅子神はある“飲食店”を訪ねた。投資関係の知人が出資した店である。そうでなければ獅子神がこの店に足を運ぶことはなかっただろうが、招待されたならば素直に赴く。獅子神は義理堅い男だった。
 豪勢でありながら落ち着いた店内は、獅子神が想像していたよりもずっと静かだった。よくあるこの手の店にしては、居心地が随分マシだと感じる。キラキラしているのに眩しくない。ディスプレイされた酒瓶のラベルが、この店の格式の高さを表していた。

 獅子神は隣に座る女の顔を見た。
 と名乗る彼女は、この店のキャストである。造形が整っているのは当然として、彼女の表情には明らかな自信が見て取れた。視線も、唇も、肌を覆い隠すメイクですらも。ただ容姿が良いだけではなく、商品としての価値の高さを誇っているようだった。
 そこそこ売れっ子なんですよ、と本人に聞かされたのは嘘ではないのだろう。なんなら、そこそこでは済まないのかもしれない。そう思わせるほどに、彼女は容姿、所作、言葉遣いから何まで、その場に最も適したものを選び取っている。
 だから、こうして獅子神は個室代を支払ってた上でその日入れられる一番高額なボトルを入れてまで、ここに引き留めているわけだが。
 獅子神がそうしたのは、彼女を酒の席の相手として気に入って選んだから——ではない。
 ではなぜか。ふたりの間には、とある共通の友人がいる。獅子神は、と出会った日のことを思い出した。

 獅子神の友人——真経津晨は、身勝手にも自分が暇な日に友人を自宅に召集する。「ひま!ゲームしようよ!」とかそんな理由で。
 そしてその友人たちのほとんどが定職と呼べるものに就いておらず、彼らは結構な頻度で集まっていた。
 早い話が、金と時間を持て余して暇なのだ。ちなみに誰も言わないが、友達も他にそんなにいないので。
 その日プレイしたのは、ファミリーやお友達と楽しく遊ぶことを想定されたテレビゲームだった。コントローラーをお菓子で汚れた手でベタベタ触りながら、口汚くお互いを罵り合いながら。成人男性四人が、真剣に画面の中でキャラクターを動かしてピザを早食いしたりお互いを蹴落としあったりする、なんの生産性もない時間だ。
 平日の真っ昼間、真っ当な社会人が汗水垂らして労働している間、彼らはタワーマンションの高層階でバカ騒ぎすることができる。全ては財のなせる技だ。

 十分に遊び尽くして解散した後、なぜか助手に乗り込み獅子神をタクシー運転手代わりにこき使っていた村雨が「忘れ物をした。戻れ」と言う。渋々獅子神は来た道を戻って、真経津の部屋を再び尋ねた。彼らが家を出て、わずか三十分後の出来事である。
 厳重なエントランスを抜け、気が遠くなるほど長い高層階用のエレベーターに乗り、もはや見慣れた扉の前に立つ。
 真経津家のインターホンを押してその扉から出てきたのが——獅子神の隣に座る例の彼女であった。
 はきょとんとした顔で、二人を見上げた。彼女は真経津の私物であるスウェットをだぼっと被っている。獅子神がいつか、この家に泊めてもらった時に袖を通したものだ。それがなんとなく気まずくて、獅子神は彼女から視線を外した。
 そのついでに表札を見直し確認したが、間違いなく“真経津”が掲げられている。そもそも一部屋の大きいこのフロアにはそんなに部屋がないから、間違えようもない。
 村雨はというと相変わらずの不機嫌を貼り出したような仏頂面だ。それでもなんとなく、今だけは獅子神にも彼の感情を察することができた。
 そうして二人がどうすべきか迷っているうちに、家主がひょっこりと顔を出した。
「あれ、二人ともどうしたの?」
「……忘れ物だ。邪魔するぞ」
 止まっていた時がやっと動き出したかのようだった。村雨がズカズカと部屋に上がり込み目当てのものをとって戻るまで、獅子神は部屋の前でただ立って待っていた。
 もなんとなく動いていいんだなという空気を察して、獅子神に会釈だけして部屋の奥へ引っ込んでいく。そうするのが当たり前のように。
 再びエレベーターを降下し、30分前と同じように車に乗り込んだ二人に残されたのは、ひとつの疑問である。
 ——あの女、誰?
 獅子神が助手席の村雨の顔を見ると、ばちりと目が合った。
 同じことを考えている。不名誉なことに、普段何を考えているかわからない、手術が趣味とか抜かす意味不明な医者と。
 獅子神のアイコンタクトに、村雨が眉を顰めた。
「村雨、あの子知ってるか?」
「いや。だが、真経津と匂いが混ざっていた。恋人じゃないのか」
「恋人ぉ? アイツに?」
「……あまり想像がつかないが」
 車が駐車場を出る頃、獅子神は村雨の言葉の意味を理解する。
 村雨と初めて会った日、彼はギャラリーのわずかな体臭を嗅ぎ取って肉体関係を見出してみせた。決して誰にも自慢できない特技だ。
 獅子神は内心引いていた。他人の関係を推察出来てしまうその能力にも、それを友人相手でもやるところにも。

 言わずと知れたこの医者の異常性よりも、今は真経津の家にいた女のことである。
 二人ともいい歳の大人なので、別に、友人の家に知らん女がいたからって落ち込んだりするわけがない。これだけ遊びに付き合っておいてカノジョいることも教えてくんないのかよとか、友達帰った後すぐに呼ぶのってどうなんだよとか、そういうことではなく。
 真経津という底知れない男が普通に女を部屋に連れ込み、あまつさえまぐわっているという事実に獅子神は心底驚いていた。
 女は当たり前みたいに真経津の部屋着を着ていたから、その場のノリで連れ込んだ知らない女というわけじゃないのだろう。もしそうだとしたら、友達が帰って30分以内に引っ掛けことを済ませるほどの手練手管を持っているということになる。
 二十二歳、よく連むギャンブラー連中の中では最も若い。
 確かに獅子神も、その歳の頃にはもう少しギラギラしていた。金を持ち始めて、遊びを覚えて、劣等感を性欲で解消しようとしたこともある。そんな時期だった。
 まあ、そういうこともあるか。獅子神はひとり、心の中で彼の印象を少しだけ改めた。

 
 そんなことがあって——こうしていま、女と並んで座っている。
 店に入って知人に挨拶した後、彼女と目が合い、例の女だとすぐに気が付いた。こんな偶然があるものか。指名したのは他でもない獅子神だが、『させられた』ような感覚があった。ただ、友人の恋人(仮)から話を聞き出すのはきっと面白いことになると思ったので、結果として獅子神は彼女の意を汲んで、指名させられてやることにした。
「獅子神さんが私のこと指名してくれたのって、やっぱり……この間会った時の話が聞きたいから?」
「……そうだよ。言えねぇってか?」
 女は綺麗に笑って獅子神の心を見抜いてみせた。ただの素人女(この場合はギャンブルにおいて、である)に心を読まれるのはどうなんだと思いながらも、これがばれたとて手に鍵をぶち込まれるわけでも殺されるわけでもない。話が手っ取り早くなるだけだ。
「話、長くなっちゃうけど、大丈夫?」
「なんだ、そのためにボトル入れて個室まで連れてきたんじゃねーのかよ。それとも金の心配か?」
 獅子神がソファの背もたれに身を預け姿勢を崩しながら言うと、女はくすくすと笑った。
「それは心配してないかな。だって晨のお友達でしょ?」
「…………。」
 ——この女、どこまで知ってる?
 獅子神が目を細める。カラス銀行の賭場のことは、家族にすら明かせない超極秘事項だ。
 まあいい、この女が只者ではないことに今更驚くこともない。真経津の家に出入りしている時点で、大概ヤバいヤツなのだとあたりはついている。
 獅子神は話の続きを促した。
「じゃあ、私と晨が知り合ったとこから。えっと、私がテラス席のあるお店で一人で飲んでたら通りがかった晨と目があって、なんか遊ぼうってノリになって」
「は?」
 獅子神は流れるように語られたどこにでもあるありきたりな出会いのエピソードを一旦止めるべく、話を遮った。
 若すぎる。ノリが。え? 真経津って、そうだっけ?
「変だよね。でもこれ以外説明しようないっていうか……。お互いなんか、遊びたいな〜って思ってて、でも遊ぶってその時は変な意味じゃなくって、普通に話し相手みたいな」
「……続けてくれ」
「そう、それで……」
 序盤から異常に簡略化されたとしか思えないあらすじを聞かされてつい話を止めたものの、あの真経津である。
 一度は高額を賭けて真剣に戦った相手を友達と呼んで平気で遊びに誘う男だ。
 まあ、そういうこともあるか。……あるか?
 あると納得しないと話が進まない。それくらい、彼は常識はずれな男だ。
「その時は普通に一緒に飲んでたの。っていっても、晨はずっとジュース飲んでたけど。話がすごい盛り上がって、あーこの人と喋るの楽しいかも! って思って。そしたら晨がうちに貰い物のいいお酒残ってるから飲みにきてよって」
「……つまりナンパされてホイホイついてったってことか?」
「状況だけ言えばそうかな」
「オマエそれは……」
 やばいだろ、と言いかけて言葉を止めた。
 登場人物を挿げ替えて聞けば、ただのヤリモクお持ち帰りだろと一蹴するところだが、彼女の話を聞きながら、その様子が容易に想像できてしまったのだ。
 全ては真経津晨という男の異常性によるものである。彼はこの世全ての事情において“楽しさ”の優先順位を最も高く置いている。
 この子と遊ぶのが楽しかったら、そうなんだろう。そう、なのか?
 事実、獅子神が初めて真経津の家に上がった日だってそうだ。強制的に呼び出されて、遊びに付き合わされてハンバーガーを食べて、彼の家で彼が満足するまでゲームに興じた。
 楽しいことがわかれば、真経津は際限なく距離を詰めてそれを追求する。真経津が彼女のなにを気に入ったのかは知らないけれど。見た目も所作も話し口調も男好きする様ではあるが、それで選ぶような浅い男ではないはずなので。
「それでまぁ、泊まって」
「泊まって」
「三泊ぐらいしたかな?」
「おい、急に仲良くなりすぎだろ!」
「だって、帰ろうとしたらまだ遊ぶって聞かないから」
 獅子神はそこで、大きなため息をつく。その様子には既視感があった。そして、自分が何か大きな勘違いをしていたのだと気付かされた。
 獅子神はてっきり、真経津にも友人には見せない裏の、甘くてピンク色でドロドロした顔があるのだと思っていた。だからそれを探ろうとしてわざわざこんなところに長居していたわけだけれど、そもそもそんなものは存在しなかった。
 真経津は、どこまでも彼らしいままだった。
 彼女と遊ぶと楽しいから引き留めて、そうしているうちにこうなった。遊ぶ内容がデートで相手が異性になっただけで、こうも意味が変わるのか。獅子神は腹落ちした。
「私はその日限りかなと思ってたんだけど、連絡くれるしよく遊びに来てって言われるから、ずるずる関係が続いてて。私も暇な日に遊びに行ったり、お店に近いから荷物置かせてもらったり。それだけ」
「つまり?」
「ただのセフレですね」
 話し終えて、は乾いた喉を潤した。それに合わせて獅子神もグラスを傾ける。
「獅子神さん、晨の友達ならわかるでしょ。恋人って名前つけて拘束できるような男だと思います?」
「それは……そうだな」
「でしょ。私はまぁ、晨のこと結構好きだし。晨も私と遊んで楽しいならそれでいいかなって」
「…………」
「飽きられるまでの恋人ごっこ、みたいな」
 の声が、その一言だけわずか気落ちしたように聞こえた。
 彼女の言いたいことが獅子神にもわずかにわかった。真経津は究極の刹那的快楽主義者である。その遊びが楽しくなるためなら、自身の身体的苦痛ですら厭わない。こんなに楽しい時間を過ごした友達と殺し合うことも躊躇わない。金だって権利だって、彼の前では何の意味も持たない。ただ、遊びが楽しくなるだけの材料に過ぎないのだ。
 そんな男に責任だの将来だのを尋ねたって無駄なことだ。彼女ならその気になればもっと将来性と安定感のある男に出会えただろう。しかし女もまた、真経津との京楽的な時間を取った。快楽で積み重ねためちゃくちゃな塔の上に成り立つ関係性なのだと、は言うのである。
「……なーんちゃって。どうですか? 聞きたかった話、聞けました?」
「あー……なんつーか。うん。詮索して悪かった」
「ううん、別に。晨の友達ならわかってくれると思ったし。それに、またどこかで会うかもしれないし。でも……こういう話したらもう私のお客さんにはなってくれないかな?」
 が獅子神の顔を覗き込む。獅子神は返事をはぐらかすように、テーブルの上のナッツに手を伸ばした。
 ただ単純に、可愛い子だと思った。どういうわけか、話を聞く前よりずっと幼く見える。普通に恋愛をして、不毛だけど楽しい関係性に溺れている、どこにでもいる子。そうなるともう他人とは思えない。
 獅子神は、義理堅くて友達思いで面倒見のいい男だった。自分が地獄に突き落とした人間を高額叩いて自己顕示欲の皮を被った良心で買い戻すような馬鹿なことを繰り返してしまう程度には、関わった人間を放っておけない。
 もしかしたら、これすらもすでに彼女の術中なのかもしれない。真経津との関係だって、全てが真実とは限らない。
 ただまあ、ここは賭場ではなく夜の店だ。多少信じたって罰は当たるまい。全部信じたところで、変わるのは会計の額くらいだ。それで騒ぐ必要もないくらい、今の獅子神は金銭的に満たされている。
 獅子神は己と彼女を肯定することにした。

 例の店に行った日から数日が経ち、獅子神はまたしても真経津家に招かれていた。
 今日の集まりの言い出しっぺは叶黎明、内容は「ホットケーキパーティーをするぞ! 晨くんち集合!」である。家主も早々にオーケーを出した上にやっぱりみんな(オペ後に駆けつけた村雨を除いて)暇人だったため、こうして大量の白い粉に囲まれていた。
 ホットケーキパーティーとは言ったものの、完全にホットケーキの調理は獅子神に委ねられている。この会が決まったときから、それは分かりきっていた。
 真経津や叶はホットケーキに何をかけるかについて話し合い、村雨はトッピング用のお徳用バニラアイスにスプーンを突き立てている。
 仕方なしに獅子神はひとり、ボウルにあけたホットケーキミックスに卵を落とし、牛乳を計測して注いだ。
 真経津が思いつきで買ったらしい馬鹿でかいホットプレートを温めながら、同じく使わないくせに業務用の本格的なハンドミキサーで生地を混ぜていく。キッチン横の物置には、今すぐ何料理の店でも開けるくらい多種多様マニアックな調理器具が揃っていた。
 どうせ焼く段階になったらやりたいとか言い出すんだろ。そうしていい具合にまで生地を仕上げた頃、予想通り「獅子神さんボク焼くやつやりたい」と真経津がにじり寄ってきたので、獅子神はボウルとお玉を渡してやった。
「高いところからちょっとずつ注げよ」
「え? なんて?」
「おいだからちょっとずつ!!」
 獅子神のアドバイスも虚しく、どぼどぼとホットプレートに歪なホットケーキの大陸が広がっていく。絵本のこぐまちゃんも真っ青である。
 真経津が唇を尖らせて「ねえ獅子神さん丸くなんないんだけど」と文句を垂れるので、せっせと後から獅子神が木べらで形成することでなんとかそれらしい形になった。
 今度は叶が「オレもやる!」とか言って真経津からボウルを奪い取った。
 カラコンの柄と同じような顔を書いて先に熱してから、その上に丸く生地を注ぐ。こういうところが妙にエンターテイナーだと獅子神は思った。
 真経津がそれを真似して絵を描き始めたが、獅子神には有刺鉄線にしか見えなかった。村雨は、まだアイスを食べていた。

 大量にあったホットケーキミックスを使い切ってホットケーキが山を成し、村雨がアイスを食べきった頃。取り分けたホットケーキにジャムをベタベタ塗る真経津に向かって獅子神は口を開いた。
「そういえばちょっと前の話なんだけどよ。オメーの家にいた女に会ったぞ」
 その場にいた一同が獅子神を見た後、視線は真経津へと移った。真経津はジャムを塗っていたスプーンをぺろぺろと舐めながら特に隠し立てするでもなく「ちゃん? そうなんだ!」と驚いて見せた。
「え? 女? どういうこと? カノジョ!? 晨くん彼女いるの!?」
「うん。前に村雨さんと獅子神さんにウチで会ったんだよね」
「何それオレ見てないんだけど」
 叶が片目をかっ開いて騒ぎながら食いつくのを何のことでもないという風に答える真経津を見て、獅子神は「彼女って聞かれて肯定すんのかよ」と思った。
 聞いていた話と随分と違う。二人は肉体関係のある友人で、恋人とかそんな責任感の伴う関係性ではない——と、寂しげな表情で彼女は言っていたはずだ。
「今度紹介し見せてよ。気になる! 顔かわいい?」
「可愛いよ、すごく」
「へー! 何歳?」
「二十歳って言ってたけど、ボクよりちょっとだけ年上かなあ」
 中学生の恋バナみたいな会話をしばらく続けていた二人だったが、真経津がふとそれを遮った。
「獅子神さん、ちゃんに会ったってどこで会ったの?」
「あー……知り合いが出資してる店に招待されて顔出したら、そこで働いてたんだよ」
「そうなんだ! いいなぁ。ボクもお店行きたいって言ったら会員制だからムリって断られたんだよね。獅子神さん、今度連れてってよ」
「オレも行く! 凸配信しようよ」
「勝手に決めんな!! つか、配信は無理だろ絶対」
 勝手に店に行く気になった二人があの手この手で店の名前を獅子神から聞き出そうとしている間に、村雨がホットケーキを食べ終える。それを見て真経津と叶の気がホットケーキに移ったようで、獅子神は二人の詰問から無事解放された。
 真経津が冷蔵庫から取り出してきたクリームチーズを全部ホットケーキにぶちまけて、クリームチーズのホットケーキ添えを作り上げている時、叶は顔の描かれたホットケーキをSNS用にバシャバシャ撮影していた。
 獅子神はやたら失敗作のホットケーキを押し付けられているような気がしながら、苦みが口内に広がるそれをしぶしぶ咀嚼した。
「ねえねぇ、獅子神さん。ちゃんとどんな話したの?」
「あー……オマエの話だよ。ほとんど」
「へー。気になるなぁ。今度聞こっと」
 獅子神は後頭部をかいてから「あのよ」と話を切り出した。真経津はフォークを行儀悪く咥えて獅子神を見上げる。
「彼女、なんだよな?」
「そうだよ? なに、もしかして狙いたいってこと? やめときなよ獅子神さん、勝ち目ないよ」
「違っげぇーーよ!! あー、クソ、そうじゃなくてだな……」
「ヘンなの。一緒にいて楽しくて好き同士だったら彼女じゃないの?」
「…………………」
 真経津が長いまつげに縁取られた目を細めた。その顔は獅子神が見た彼のどんな表情より、ずっと幼い。
 元から奇妙な位に年齢不相応に無邪気なところがあるけれど、彼女のことを語る時の真経津はまた違った顔をしていた。その場限りの相手のことを話す時、人はあんな顔をしない。
 飽きたらおもちゃを捨てるとして、楽しくなくなったら離れるとして。それが続く限りはそうなんじゃないのか。
 少なくとも獅子神は、そう思うのだった。


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